=第一章=
[A Hit of Hunch]
第1話・黒の13標

 

 アポロ達が城に配属され、数ヶ月が過ぎた。
 その日は、いつにもまして、空がくすみ、風が何とか動かすような重苦しく湿った空気が辺りを包んでいた。
 何よりも、城下町を離れた位置ながら、不穏な雷鳴の光が走り、程なく、怒音が城下を揺らす。
 何時にない程の異様な風景に町の人々は不安を語り合い、それはゆっくりと感染し、…固まる前の 漆喰 しっくい の如き鈍重さが、町を包んでいった。
 その町人に感化されまいと、アドベルとアポロは城下と外を繋ぐ、大きな跳ね橋門の前で、番を勤める。
 そうして、…何事もないと思うアポロに、「ちゃんとしないと」と、口元をしかめるアドベルの元、に。

  一人の男が城下を目指すように、現れた。

「大丈夫ですか!」
 アドベルが駆け出す。その男の足元はふらついていた。
 いや、ふらつかざるを得なかった…。

  男の歩く後には、大きな あぶく の浮く赤い水溜りが出来ていく。

 アポロも続き、抱えるアドベルの後ろにつく。
 アドベルの抱える方には、腕はある。しかし、その反対にあるはずの腕はなかった。
 また、それで、呼吸が出来るのであろうか、ともいえる程の喀血をしたのだろう。
 口元と鼻穴が真っ赤に染まるだけでなく、出口なくしたように鼻奥を駆け上ったようで、眼の下よりも溢れていた。
 そして、何よりも、城の支給する鎧は、形をとどめず、守るべき胴に破片が突き刺さり、…

  アポロは思った…。
   なぜ、この男は、このような有様でも、まだ生きていれるのだろう…。
  …と。

「アポロ、救護兵を!」驚嘆に体強張るアポロに、アドベルは憤怒にも聴こえる指示を出し、男に力強く声をかける。
「大丈夫です、城はそこです。気をしっかり持って!助かります!!」
 根拠、…アポロは、アドベルの言う、助かるという根拠は何か…。も考えるが、…
 それでも、気を持たせ、救護兵を呼ぶべく、踵を返そうとした。

  その時…。「王に…」と、残っている手に握られ、半分ひしゃげた包み紙を、アドベルの肩越しから、アポロにと、残された力少なしとばかりに震わせながらも、差し出した。

 アポロはその包み紙を受け取る。…握られていた手にも滴っただろう血で、包み袋の半分は赤黒く染まっていた。

「アポロ、急ぐんだ!早く、救護兵と、…!その手紙をマグデス王へ!!」

 アドベルが叫ぶ。
  アポロは今度こそ、踵を返し、城門へと走る。

「大丈夫です!気をしっかり!大丈夫ですから!!」
 アポロの後ろで再び、アドベルの激昂が飛ぶ…。
 橋門にと入っても、アドベルの声は、耳に残っていた…。
 そして、屯所にいる救護兵を呼び、自らは、城下町を走った…。

 空は変わらず、くすみ続け、雷の怒号と紫電が走る。
 全てを焦がすほどの…紫電が走っていった…。 


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