=第一章=
[A Hit of Hunch]
第8話・赤の10標

 

 城下町は怒号が飛び交い、城壁沿いの兵舎には兵士が縦横無尽に走る光景が見える中、
 救護室にいるアドベルは落ち着いたものであった…。
 自分の中で息引き取った男を前に、ただ、うつろに彷徨った男の視線の先を見定めようと、
 アドベルは、骸となり、ベッドに横たわる男を見ていた。

  「…、確かに、…メッセージ、送り届けた…」

 骸の口がかすかに動き、その言葉が聴こえたような気がした。
 アドベルは気づかないのか、眉さえも動かさず、男の視線を追い、…そして、ゆっくりと立ち上がる。

  「血の訪問、風の問い、雲の問い、光の問い、そして、祠の行方…ですね」

 アドベルは、そう呟き、…壁に立てかけていた自分の武器を取り、背負う。

「アドベル!!」そこに大柄な男が息荒く、救護室にと入ってくる。
「まだ、ここにいたのか!!全部隊出陣だぞ」
 大柄な男、アポロがそうまくし立てると、アドベルは半身だけを向け、「分かったよ、すぐ向かう」と告げる。
「…、…!…早く、来いよ!!」
 アドベルの答えに、アポロは二の句を上げかけ、飲み込み、そう告げて、自らは外に飛び出す。

  そして、また、アドベルは救護室にひとりとなった…。

 そして、部屋を出るやと思いきや、アドベルは、背の剣を片手で持ち上げ、振り上げる。
 振り上げる?
 …あのような細身の体のアドベルの体で、自らの腰と同じほどの鉄板じみた大剣を振り上げる?
 だが、現に、アドベルはまるでナイフを扱うかのように、大剣を振り上げ、それから、

  ドン!

 と、骸の眠るベッドへ振り下ろす。

「これが、僕の開戦だよ…、」

 そう呟き、アドベルは振り下ろした大剣をまた背中にと、背負い、部屋を後にする。

 そして、その救護室に残っていたのは、…。
  骸を失った、無傷のベッドだけであった…。 


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