深緑の森精 |
森林が擂鉢状に抉り取られたかのように土が向き出しになった大地。 時間にして正午の程であろう…遮るもののないこの地の中央に立つアドルは…その熱さも感じるような暖かい日差しの中…柄頭を地に押し付けた形で固まっていた。 しばらくして、彼は力なく立ち上がり…空を仰ぐ…。 どれ程の時をここで過ごしたのだろうか…アドルの心にそんな言葉が過ぎった。 ファエルに誘われるまま、村に止まった一日。 囚われた日々…そして、 ファエルが消えた日… ファエルの言葉が今でも残っている。 「私を…私を殺してぇ!!アドルゥ!!」 ファエルの笑顔がここにあった。…キラキラと瞳を輝かせて見つめてくる彼女の顔があった。 それをアドルは…自らの手で奪った…ファエルの自由のために… そして、ファエルの姿を失った。 「終わったんだな…アドル」 背後にドギが立っていた。衣服は多少傷ついていたが、それ以外の外傷もなく…刃のこぼれたハンドアックスを片手にまとめて、アドルに近寄ってくる…。 「ファエルはいっちまったか…」 「うん、僕がファエルを殺したんだよ…」 「アドル…」その言葉震えるアドルのショルダーに手を置いた。 「お前が悪いんじゃない。悪ぃのは、ドゥエルって奴さ…」 「でも、殺したのは僕だ…僕なんだぞ!!」 「アドル!!!!」半狂乱になりかけたアドルをドギが叱咤する。 「ファエルを殺したってのかよ。お前が!?違うだろう!!殺したのは、ドゥエルじゃねぇか!!」 「ドギ…」 「ドゥエルがあの子の体に取り付いた時点で…ファエルは死んでいたんだよ」 「……………」 「本当の心をただ一切れの存在、ファエルに居させただけだ…ファエル自身は本体を失った時点で…既に死んでいたんだ…意思のもてない肉体にファエルの心はなかったんだ…そして、心もドゥエルに囚われ、弄ばれていたんだ」 「…ドギ」 「お前はその残されたファエルの心を開放したんだ…ドゥエルという呪縛から開放し…救ったんだ」そこで、ドギは小さく息を吐き、手を離す。 「お前はファエルを殺しちゃいない…お前はファエルの心を救ったんだ…」 「ありがとう、ドギ」しばらくの静寂がアドルの心を休ませたのだろう、ゆっくりと口を開く。 「また、君に助けられたね…本当にすまないな」 「そいつはいいこなしってもんだぜ、アドル」ドギはニッと笑い、頭を掻いていたが、溜め息を吐く。 「しかしよぉ、無駄骨折っちまったぜ…」 「えっ…」 「せっかく、何風呂か分の薪ができたかと思ったのによ…白い光に巻き込まれた瞬間、全部消えちまいやがんだぜ〜、酷ぇ話だと思わねぇか?」 ドギの言葉にアドルは少しばかり吹き出した。 「いいさ、この先にある町って、熱いお湯の出る土地らしいよ、そこのお風呂なら、薪なんて必要ないさ」 「何?熱いお湯!?それはどういうことだ?」 「あはは、なんだ。ドギ、知らなかったのか?」 乾ききらない土の大地に二人の声が響く。 アドルはただ目を細め、空を見た。青く染まる中をゆったりと流れる白い雲…。 風に舞う森林のザワメキのメロディに耳を傾け、ドギとの話にも耳を向けていた。 全ての心地よさに軽く目を閉じる…。 あの村で止まったときに感じた闇は感じない…あるのは、ファエルとの思い出… 「ドギ」 「うん?」 「ここが再び、木々が生え出したら…戻ってこようと思うんだ…」 「そうか…そいつはいい考えだな」 「きっと、彼女はここにいるよ…また、あの笑顔で…迎え入れてくれる彼女がいるから…」 「その時は、もう仲間はずれなんてごめんだぜ?アドル」 「分かってるよ」 二人は丘の上に立ち、土色の大地を見つめていた。 そこに…彼女の笑顔と姿を思い浮かべ、…再び緑の大地が広がり、再開できることを思い描きながら… 風に誘われるまま、ファエルの森の見える丘を後にした…。 |