=第十一章・終部=

=[超時空要塞MACROSS/その先に…住まうもの]=

 

 初夏の早朝の陽射しの中、眼前の道路へと続く細道に一人の女性が立っていた。

 エマだった。

「…」言葉はない。…彼女の姿にもだが…
「何をしているんだ?」
 遠出をする装備のつもりか、…固めのジャケットにGパン、大きめのリュックを背中に乗せていた。
「…一条か?…いや、」俺は問いただそうとして、口を詰める。
「そんなことはどうでもいい…」
 そう、どうでもいいことだ。…
「どうして、逃げるんですか?」
「…」
「どうして、逃げるんですか?」
 声を震わせ、二度…その二度目はさらに大きく、俺に問いただすエマ。
「逃げるか…そう思われても仕方ないな」
「どうしてですか!?」
「…俺には、君を守る力がなくなった…で、いいかい?」
 彼女の激情じみた叫びに、俺はあの頃には考えれないほどの細腕を見せつけるように腕を上げてみせる。
「ヴァルキリー乗りとしては失業だ。だから、やめたんだよ…悪いか?」
「そんなことじゃ、ありません」彼女は俺に詰め寄り、見上げて叫ぶ。
「もしもの答えから、あなたは逃げるんですか!」
 もしもの答え…1年も前の話…、それが先日のようにも蘇り、彼女の熱く注がれる眼差しに…口の内側を軽く噛む。
「生きていたらの話だろう…」眼差しの熱さに耐え切れず、視線を逸らし、俺は答える。
「あの頃の俺は、まだ君を守る力があった…。今の俺には…それがない」
「…」
「あの頃の俺は死んだ…。もしもの答えに答えれる、俺は死んだんだ…今、ここにいる俺は抜け殻の俺だ…よ」
 そんな俺を…エマが抱きしめる。
「馬鹿でしょ…」
「馬鹿だよ…」
 エマは抱きしめて、俺から離れようとはしない。
「正直、今の俺に君を守れる自信はない…」
「何から守るんです…。もう、戦いをしなくてもいいんでしょう…。軍も辞めたんだもの…」
「俺には、君を幸せに出来る器用さもない」
「あなたの傍にいて、私が幸せである事を決めるのは、私です…。それでいいじゃない?」
「…資格もないさ…。こんな人殺しの俺には…君は、あまりに美しすぎる」
「あなたを守るためにサポートしてきた私です。そんな意味では同類です。…そんな事はさけられる理由になりません」
「…何より、俺自身が幸せになる権利なんて、ありはしない…」
「…」
 最後の俺の言葉にエマは軽く口を閉ざし、そして…俺の鼓動を聞くように…頭を俺の胸元へ預ける。
「昔のあなたは死んだんでしょう…。死神が連れて行ったのでしょう…今のあなたは昔のあなたとは違うんでしょう…だったら、今のあなたが幸せになる権利はあって当然です」
「詭弁で屁理屈だな…」
「この一年、あなたが私を避ける理由…、あなた自身の心に負った傷、…昔のあなたの持つ傷の上に、新しい傷が出来た」
「…」
「このまま、傷が深まり、あなたを失うことの方が、私は不幸せになる…。それはあなたの望む答えですか?」
「君なら、もっと素敵な男性が見つかるだろう…?俺みたいなガラクタじゃなくても」
「そうやって、あなたは自分を卑下してきた。…でも、私はそう思わない」
「…思ってくれた方がいい…そう思っててもいい」
「償いのために、旅に出るのならば…、私はあなたをサポートします。…あなたが無事にしている事が、私の願い…。私をあなたの傍においてほしい…」

 俺は…エマの肩に手を置く。…そして、俺も彼女を抱きしめる。

「弱いな…俺は」皮肉を浮かべ、苦笑し、囁く俺。
「君を一生懸命に忘れようと思ってたのに…、…独りで生きていこうと考えていたのに…、君と話しているうちに、…君を離したくなくなっていく…その弱さが、嫌いだ…」
「それは弱さじゃないわ」エマは、俺の言葉に涙を浮かべ、ただ笑う。
「人は一人だけじゃ生きれない。それは弱さではなく、当たり前のことよ…。そして、一人でいれないのは私も同じ」

 俺が胸の中にいるエマを見ると、彼女も気づき、面を上げた。

「私はあなたを生涯のパートナーとします。もう、離しません」
「不器用で我が侭で、戦う事しか知らない、馬鹿な俺だ…苦労させるぞ」

 それ以上、言葉は思い浮かばなかった。
 彼女も同じだろう。

 朝日が高くなっており、…彼女の顔がさらに輝き、美しさを増していた。
 彼女の顔にかかる髪を指でくしけずり、…頬を撫でる。
 不意に彼女は、俺の顔の影を映す瞳を、ゆっくりと閉じた。…
 差し出される彼女の唇へ、俺も唇を向け、…壊れ物でも扱うように、やさしく触れた。 

 …

 ほんのひと時の行為を終えた後、…エマは嬉しそうな笑顔を見せ、俺に体を寄せる。
 俺も彼女の肩を取り、…朝日を浴びるマクロスを見つめ、…それから、背を向けて…太陽を見た。
「いこう…エマ」
 俺は、エマへ微笑みを向け、囁くように呟いて、荷物を担ぎなおす。
「ええ、いきましょう…」
 俺の言葉に彼女は体を離し、それでも、その手だけは離さず、同意した。

 …
 
  そして、太陽の下、二人は歩き出した。
  太陽は輝き、二人を包む。
  二人の旅路を祝福するように…。
 
   その中を、俺とエマは、歩き出した。
   その胸に抱く宝を手に…
   歩き出したのだった。

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