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これは、記録に残されていない序章。 そして、誰にも知らされるべきではない序章。 しかし、それでもなお、示された…序章…である。 黒髪の少年は、必死となり、赤髪の少年を追いかけていた。 高く切り立った、断崖絶壁の続く岩山を…。 山道どころか、獣道さえもない、そんな道筋であるが、二人の少年はその断崖に出来た少しの段差に足を入れ、徐々にと登っていく。 黒髪の少年が、口を開く。先を行く赤髪の少年の名を叫んでもいる様だった。 だが、それに対しても振り向きもせず、段差に足をかける赤髪の少年。 その先にあるものを求め、踏み外し滑落する危険さえも顧みず、である。 黒髪の少年は、少し二の足を踏む仕草を見せるが、なんとか、どうにか、と、赤髪の少年の軌跡をたどり、登って行くのだった。 …その山は、その近辺に住む者ならば、誰もが知る山である。… −魔物の住処− それが共通の知見である。 そして、もう一つの事柄もある。 −魔物の住処には、どんな病も治るとする。薬草がある− とも、言われていた。 魔物に見つからなければ、薬草が手に入るのだが、見つかれば、命は無い。 そして、住処の道のりもまた、今、少年らの通る道であるので、行きつくまでも命がけなのだ。 だから、だからこそ、命を懸けてでも登る必要性がある場合、のみ、人はこの山を登り、幾多の命が奪われた…。 その山に、少年らが挑んでいるのだ。 そう、それは、命を懸けてでも、必要である事柄であるのだ。 そして、その少年らは、とうとう住処にと到着する。 開けた盆地、奥には魔物が住処とするような洞穴、そして、岩石で覆い尽くされるこの山に満ち溢れる草花の一角…。 一息、…ただ一息だけして、二人の少年は歩き始めた。 そして、その足が草花の手前で、 洞穴の中より、うごめく影を見つける。 それは、真っ赤な眼光を放ち、二人にと唸る声を浴びせる。 怖気づく黒髪の少年。しかし、赤髪の少年は腰につるす、大人が持つべき長剣を抜き上げ、剣先を地面に擦らせながら、魔物を見た。 瞬間、赤い眼光が動く。小さな点のようだったそれが、洞穴の闇をまとったまま、二人にめがけて、突進した。 そして、狙うように、赤髪の少年を跳ね上げる。 こぼれ落ちた長剣が大地に落ち、金属音を鳴り響かせる中、 黒髪の少年は悲鳴をあげる事さえも忘れている様に、ガクガクと体を震わせ、舞い上がった赤髪の少年を目で追った。 少しして、ドサリ…と、落ちる、赤髪の少年。 魔物は、…振り返る。 赤髪の少年にと、…。 黒髪の少年は、歯の根が合わさらないように震えながらも…赤髪の少年と魔物を視界に入れた。 そして、その間に落ちる長剣も…。 魔物がその肩を怒らせる。そう、再び強烈な一撃を赤髪の少年へぶつけんと。 瞬間、黒髪の少年が吠えた。がむしゃらに、吠えた。 恐怖を吹き飛ばさんと吠え、駆け出し、転がる長剣を手に取った。 大人用に作られた長剣だ。もちろん、手に余るように引きずって、それでも、黒髪の少年は 吠え、力の限りに!長剣を持ち上げて! 魔物に、突進をした!! - - - - 黒髪の少年が目を覚ました。 がむしゃらの突撃の結果は、上手くいったのかどうか、少年にはわからない。 ただ、一つ。 少年は目を覚ました、その視線の先には、木の板間が広がっている。 そう、そこにあるシミも、差し込む日差しの影も、見知ったものだ。 それは自宅の、少年の部屋のものだった。 助かった? 黒髪の少年は、疑問を浮かべつつ、体を上げると、体にかけられていた毛布が落ち、腹元に毛布の山を作った。 夢? そう、夢とも思えてしまう。そんな感じになった黒髪の少年は、そのベッドを降りた。 そして、夢であるならば、と、…階段を下りた。 夢であるならば、きっと、赤髪の少年、兄さんと呼ぶ人と、…そして、もう一人、姉さんと呼ぶ人が、自分を見て、寝坊さん、と茶化すに違いない。 夢であるならば、… だから、…夢であってほしかった。 階段を降りた先には、確かに二人はいた。 ただ、違うのは、 兄はたたずみ、姉は…部屋の中央に置かれた台座に、花で彩られ、眠っていた。… 夢であってほしかった。 …夢であって、ほしかったのに… 姉の病を治す薬は手に入らなかった 姉は病に負けた 姉は… …それでも、兄はたたずみ、そして、振り返ることなく、黒髪の少年に、こう一言を述べた… 「死んだよ」 兄の言葉に、黒髪の少年は泣いた。 ただただ、泣いた。 そして、…泣いた。 その泣き声は、いつまでも、いつまでも続くかのようにも思える程…、少年は、泣き続けたのだった。 |