トゥアが走り去り、城の中に消えて、程なく、…。
「失礼いたしました」と、未だかしずいたままのアドベルが、トゥアの後姿を目で追っていたクリスに言葉をかける。
「トゥア様へ、安易な形で接しました事、厳罰に処せられる覚悟であります」
トゥアという元気な少女の声の無くなった、クリスとアドベルだけの空間に、そのアドベルの言葉が流れていく。
その言葉は、天にと帰っていく天女の如き優しい響きを持っているかのようで、それは風に乗り、そして、クリスの耳をくすぐった。
「アドベルでしたね…。顔を上げなさい」
言葉の余韻が消えた頃、ひざまずくアドベルへクリスはその言葉をかけた。
だから、その後、…アドベルがゆっくりと面を上げる。 ふっくらとした顔立ちに桃色の紅でも引いているかのような唇
大きく、それでいて、優しさを湛えた赤い瞳
それらが、長くすだれた赤い髪の中から現れ、クリスの瞳を覗き込む。
「…、…。…ふ、…」
王座からでも感じた美しいとも可愛いともとれる顔が、今、自分の目の前にある事に、クリスは息を飲み、そして、何か言いたくも言葉が出なかった口から、小さな子音だけが漏れ出でた。
そして、彼女が自分の胸に手を添えると、少し高まる動悸を感じ、…それに頬が染まるような熱っぽさを覚える。
「クリス王女?、…」
言葉を未だ待つばかりであったが、…クリスの強張りに気づいたアドベルが声をかける。
「ア、アドベルでした、ね。…いいのです」自分の中の信念、それが崩れていくかのような、…その気持ちの高ぶりで、空回る舌を一生懸命動かしだすクリス。
「人見知りするトゥアがあそこまで心許す等、…、無かった事なので、しょ、少々驚いています」
そのまま、見つめていると、何を言い出すか、自分でも分からないから、クリスは視線を逸らし、罪状を待つアドベルに、…口を開いた。
「トゥアもそろそろ、近衛とまではいかなくも、警護の兵を父もお考えでした。ですから、あなたがよろしければ、私からもトゥアの警護兵をお願いしてみたいと思います」
クリスの言葉に、アドベルは「…、よろしいのですか…?」と、再び甘露な響きの声をクリスの耳にと届ける。
「あなたに問題はないのでしたら、私も良いと思っています。何より、あの子と、先ほど約束もしたのでしょう」
クリスの言葉に、アドベルは頭を垂らした。
そして、「かしこまりました。名誉ある事、この上ありません」と、告げるのだった。
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