「しかし、あなたの武器は少し大仰しいですわね」 
         クリスは、よろしいです立ちなさい、と告げた後、アドベルに向かって、苦笑交じりにそう言った。 
         もちろん、それは、アドベルの背負う抜き身の大剣の事である。 
        「確かに、兵自ら使いやすい装備を尊重してはいますが、未だかつてそのような武器、扱う者はいませんでしたね」 
         そのクリスの言葉に、アドベルもまた、苦笑を漏らす。 
         目線同じ程の高さになり、そして、風がやさしく吹くと、彼の元より甘い香りが漂い、クリスの鼻腔をくすぐる中、「ええ、アポロも…、恥ずかしいからやめろ。と、言われました」と、アドベルは語る。 
        「それほどの武具を使いこなすなど、…一度お手合わせ、お願いできます?」 
         先ほど、アポロにも言った言葉をクリスはアドベルに投げかける。 
         しかし、その心の奥は違う…。もしも、少しでも、…この二人だけの世界を続けれるきっかけ…を。 
         そのような思いに対して、アドベルは申し訳ないように首を横に振った。 
        「実は、この剣を背負うのは、今日が初めてなのです。なので、今から使い慣れておこうと、」 
        「初めて…ですって?」 
        「本当は、農作器具の方が得意なのですけど、城へ来るのならば、この剣を使う事を決めておりましたので。初めて、これを手に取りました」 
         アドベルの言葉に、眉をひそめるクリス。…へ、アドベルは眼を伏せ、それから、薄く開き、視線を背にある大剣にと向ける。 
        「なぜ…、なぜ…。アドベル、あなたは…なぜ、剣を、取ったのです…?」 
         悲しみを浮かべるようなアドベルの瞳に、クリスは心苦しくなり、…だから、そう問うた。 
         それに、アドベルは強い思いを決めた視線でもって、クリスを見て、その唇から質問の答えを述べた。  「雲への、問い…。」 
         意味の分からない言葉だった。彼女には、意味の分からない言葉だった。 
         だから、アドベルは「申し訳ありません。今は確証のないものです」と息抜き、言葉をつなげる。 
        「ですので、私がクリス王女へお答えできるのは。今の言葉。が、精一杯のものです」 
         分からない…言葉。だった。…が、クリスはそれ以上、問いただす気にはなれなかった。 
         これ以上、アドベルを困らせるわけにはいかない、…そんな気持ちでいっぱいであった。 
        「話が過ぎましたね…。クリス王女」少しの沈黙の末、アドベルが口をあける。 
        「王女の御都合を考えず、長く、この場を引きとめてしまい、…申し訳ありませんでした」 
         そう言って、一歩身を引き、一礼し、アドベルはクリスに質問を投げかけた。 
        「トゥア様の御学の終了時間は何時程でしょうか?その時間まで、訓練所に向かいますので」 
        「え、…えぇ、…今より一刻を後…。この場でしたら、今右手に見える塔の袂へ向かっていただければよろしいわ」 
         その質問にクリスは、右の手を上げて、アドベルに示すと「分かりました」と、彼は言葉短く、再び一礼をする。 
         そして、「…し」と、言葉続けるよりも先にクリスが少し裏返る声で「アドベル」と言う。 
         その言葉に、アドベルは、面を上げた。 
        「…その、…あなたがもし、それなりの腕前を、…その剣を使えるようになったのなら、改めて、…お手合わせをお願い、…できます…か、…?」 
         クリスのおずおずとした言葉に、アドベルはただ微笑み、こう最後に、述べた。 
        「クリス王女のお言葉、光栄なものです。王女のお目汚しにならぬよう、訓練を励み、実力をつけました時、…そのお言葉をご拝聴にまいります」 
          「雲への問い…」 
         アドベルが去っていった、水辺の近く。 
         クリスは、城の中へと消えていったアドベルの姿をその場で探すかのように佇み、吹く風に身をゆだねながら、そして、先程のアドベルの答えを口にした。 
         もちろん、意味の分からない答えではあった…。だが、クリスは、…今、…。 
         落ち着いた気持ちになった今だからこそ、…アドベルの真意は分からずとも、思い当たる節を思い出す。 
         謁見を済ませる前の、バルコニーでの父との会話。 
         父、マグデス王もまた、…空を気にする言葉を言っていた。 
         しかし、クリス王女にはそこまでであった。 
         もう、それ以上、分からない言葉だった…。 
         |