=第1章・第7部=
真吾

 

 聞こえるはずのない「ピシリ」という音が聞こえた気がした。音を伝搬するべき空気はないのに、だ。
 左の中指辺りだろうか。脂汗の滴りさえ相手にできないその霞みそうになる瞳だけをゆっくりと回し、そして、なぜ、「ピシリ」という音が聞こえたのかも、頭の奥で悟った。
 左の中の指のその第二指が、まるで砂時計の胴のように凹んでいた。
 暗黒色との力に負けたのだろう。その骨折の音はいち早く体内を伝わり、脳が感知した証。そして、自分の視覚でもって、痛覚が現実味を持ったようだ。
 骨折の痛みは、中指の第二から起き、手首を走り、肘を駆け抜け、肩を飛び、脊髄に到達すると、脳髄にと一気に駆け上った。
 今まで噴き出ていた脂汗は質を変え、脱力の重たい瞼は痛みできしみ、歯と歯がお互いを摩耗させんと食い込み、…。
 しかし、それ以上に痛みで覚醒した意識が、捩じ切れいく指よりも、危険なものを捉えた。

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