=第一章・第一部=

=黎明の証より来る日=

 

 科学や数学の力が肥大した都市から電車で数十分ほど離れた郊外。
 そこは既に家がまだらになり、田んぼや畑が敷居の殆どを占める「原線路界町」と呼ばれる、村にも等しい町があった。
 そんな町に存在する小高い山の麓に立てられた私立校[原線路界第二学校]。
 中等部と高等部が合併されたエスカレーター式で日本きっての大手グループ「Shadow Blain」の経営する学校である。
 時期にして、春の間の目玉とされる桜並木が青々と茂る真夏の事であった。

 四島しじま 隼人はやとは高等部二年生である。
 彼は窓辺にある自席に座ると冊子さっしを越える様に身を乗り出し、眼下を眺めていた。
 小高い山の麓ながらも少し高い所に立っている学園の二階からは、町の様子をある程度一望できるので、自分の住むマンションにと視線を向けていた。
 しかし、早朝過ぎるためであろう。朝靄あさもやがかかり、いつもは見えるマンションが望めない。
 見えるものといえば、眼下のグランドで朝練に励む野球部員のみで高低に伸びる彼らの掛け声ばかりが耳に入ってくる。
 見つめていると、部員の何人かが手を振ってくるので、彼はなんとはなく答えるように手を振り返す。
 それに部員はVサインを返して、ランニングを続けていた。
 そんな部員らを見つめる隼人の容姿は決して、良いとはいえない。
 身長もあまり高くなく、あまり肉のついていない細身の身体、手入れはされているものの、無頼者ぶらいもののように伸ばした髪が彼の素顔を正視できないようにさせているため、極めて不潔な印象を与えている。
 不意に彼は前髪を軽くたくし上げ、教室の方に視線を向ける。
 深い黒色の瞳が教室内をなめす様に見ながら、再び髪のカーテンの前に消えていった。

  カァーーー…ン

 背後から金属バットの響く音。打撃の訓練に変わったのだろう。
 隼人は、それを耳にしながら、座席を立ち…

 …教室を後にした。


 寒々とした廊下に彼の足音が反響する。誰もその音を阻害するものはいなかった。
 昨夜の雨のせいでできた薄い露が外側の窓を濡らし、半袖のシャツでは少しばかり肌寒さを感じた。
 誰もいない廊下を彼は一人で歩く。特に目的もないのか、機械仕掛けのように歩き続ける。

 少しして、…

  どさっ…

 という、何かが落ちる音が聞こえた。
 隼人がそちらに視線を向けると、目の前の曲がり角から印字のされたプリントが広がり、廊下を覆いつくした。
 そして、白衣を羽織った女生徒…老婆のような…白髪のボブカットで白磁器のように真っ白い肌の女生徒がその上に倒れこむ。

「イスカさん…」

 彼は吐息を漏らすように…クラスメイトの彼女を見つめながら呟いた。

「………」

 その声に反応して…彼女は彼を見上げる。
 白髪のカーテンからルビー色の瞳が現れ、そこに彼の影が映りこむ。

  がさっ…

 彼女はしばらく隼人を見つめていたが、不意に視線をそらし、目の前に広がるプリントを拾い始める。
 静寂に包まれていた廊下にしばらくの間、彼女の紙を拾い集める音が響く。

  がさっ…

「………」
 隼人は彼女に習い、プリントを拾い上げ始めた。
 そのプリントに書かれてあるのは複雑な化学式ばかりで彼には理解できなかった。
 彼の行動に、目の前で動いていたはずの彼女の手が止まり、視線を感じた。
「大変そうだと思ったから…手伝ってるんだよ」
 隼人は手を止めず、プリントを拾い上げながら答えると、動かなかった彼女の手が動き出す。

 辺りに紙の擦れる音がしばらく響き、廊下面が綺麗になるまでさほどかからなかった。

「今度から気をつけてね」
 隼人は手にあるプリントを廊下で揃え、彼女の集めたプリントの上に置く。
 彼女の瞳が彼を見つめていた。真紅の瞳に隼人の髪で隠れた表情が映りこむ。
 最初、無表情でそれを見つめていた隼人だったが、不意に唇をゆがめた。

「じゃぁね」

 隼人の呟きと瞳の虚像きょぞうの囁きが廊下に響き、消えた。
 しばらくして、彼の足音が廊下に鳴り響き始めた。

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