=第一章・第四部=

=黎明の証より来る日=

 

  キンコォーン…キンコォーン…キンコォーン
 再び、鐘が鳴り響いた頃、廊下で思い思いの話をしていた生徒達は消え、教室で静かにノートと格闘する音がし始めた。

 隼人は呆けていた。国語の時間ではあるが、担当の教師が急病のために急遽「自習」になったのだ。
 教室は「自習」だというのに騒然とする生徒達ばかりでまともな「自習」を行っていない。
 ほんの数分だけ…呆け続けていたが…席を立つ。
 このままいても…「自習」をする気も起きなくなりそうだから…

 国語の用具を持ち、廊下に出ると…セミの鳴き声だけが響いていた。
 ただ、朝のような肌寒さはなく、むしろ夏らしい暑さによって廊下は蒸し始めていた。
 彼は軽く教室を一瞥いちべつして、歩き始める。
 開け放たれた窓から新緑の匂いがけむり、蒸し暑さを緩和してくれた。
 長く伸びる廊下を歩くと…左手にある同じ入り口の教室がゆっくりと後ろに流れていく。

  9組…8組…7組…6組…

 彼は視線を反対にかえる。そこには中央棟がそびえたっていた。
 その視線を食堂となっている一階に向ける。授業中のため、その窓際には生徒の姿はない。
 続いて、三階の図書館にむけた。やはり、授業中ということもあり、図書館の前も静かなものだった。

  5組…4組…

 視線の先に中央棟へと渡る廊下が見えると…隼人は視線を廊下に向ける。
 セミの鳴き声以外は静かな渡り廊下に、彼は足を踏み入れる。目の前に中高総合保険室の入り口が見えた。
 そのまま、保健室の前で右手に曲がろうとした隼人に「あら、おさぼり?珍しいわね…」と、それを呼び止める声がした。
 彼が振り返ると白衣をまとった女性が保健室の引き戸越しに立っていた。
「サボりじゃないですよ…ひどいこと言いますね、九白先生」
「でも、教室から抜け出してるじゃない…」
 九白先生は少しせせら笑いながら、高めのヒールを高鳴らせて、隼人に近寄ってくる。
 歩くたびに前のはだけた白衣が揺れ、豊満な肉体を包む赤いボンデージが見え隠れする。
「先生も保健室主任でしょ…抜け出してていいんですか」
「構わないわよ」
 隼人は目の前にさらされる媚体に顔を少し赤くし、視線を泳がせる。そんな行動をする彼に彼女は笑いかけた。
「どうせ、誰もいないんだし…来たとしてもあなたのようなおさぼりさんだもの…」
「僕は違います!」
 隼人は少しばかりむっとして、彼女の顔をにらみつけた。それに、少しだけきょとんとしてみせる九白先生。その後、スミレ色の髪を掻きあげてから、彼女は薄紅を引いた唇をゆがめて、クスッと微笑む。
「冗談よ…」ケラケラと笑いながら、彼女は隼人に顔を近づけた。
「どうせ、自習なんかで図書館で勉強するつもりなんでしょう?」
 白桃のような甘い匂いが隼人の鼻をくすぐった。今更ながら、彼は見つめられるのが恥ずかしくなり、視線を落とすと屈み気味の彼女の肢体が白衣の間からのぞけて、真っ白い2つの房が飛び込んでくる。
 彼はそれに耐えかね、視線を辺りにそよがせると「相変わらず、初心うぶなんだから…」と彼女は笑った。
「先生も立場と歳を考えた方がいいですよ」
 からかわれているのが妙に癪にさわり、隼人は少しばかり頬を膨らました。
「ごめんなさい♪」再び、彼女は楽しげに笑うと顔を上げる。
「お詫びに一杯おごるわよ。おはいんなさい」
「今は授業中ですから…」
「じゃぁ、患者としてね…熱があるようだから」
「それは…先生が…」
「あなたもおはいんなさい。人数が多いほうがお茶会も楽しくなるわ」
「えっ…」
 彼女の不意の言葉に隼人は息を詰める。そんな彼の表情をよそに、九白先生は視線を渡り廊下に向ける。隼人も彼女の視線に引かれ、顔をそちらに向けた。
 新緑の匂いが満たされている渡り廊下に、その人は立っていた。

  …「イスカさん」…

 隼人と同じように国語の勉強用具を持つクラスメイトのイスカの姿があった。

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