=第一章・第六部=

=黎明の証より来る日=

 

 隼人は胸元を軽く押さえ、憂鬱ゆううつな表情で教室へと向かっていた。
 結局、あれから三杯のコーヒーを注がれ、少々胸焼けがしている。
 ただ、憂鬱なのはその胸焼けばかりが原因ではない。
 後ろについて歩く…イスカの姿に…でもある。
「隼人…」
 正面から伏せ目がちの彼を呼ぶ声が聞こえた。
 小休憩時間で軽く混雑する廊下で彼は辺りを軽く見回した。そして、…見慣れた二人の影が確認でき、苦笑混じりに表情を崩す。
「なんや…また、つまらんそうなおんもしちょうのぉ〜〜〜、は〜ちゃん」
 一人は朝に顔をあわせた鶫。そして、…
「燕さん…」
 人ごみの中、その小さな呟きはもう一人の…ポニーテールの彼女に届いたようだ。
 それに彼女は少し嬉しそうに微笑みを見せる。
「ごめんね…隼人」
 隼人はなんとはなく、微笑を漏らす。辺りのザワメキがむしろ心地よく感じられた。
「僕のほうが悪かったんだから…、別に燕さんが謝るのは…おかしくないかい?」
「………」
 彼の言葉に彼女もなんとなく安心したようで、小さく胸をなでおろす仕草を見せ、…そして、もう一度隼人を見つめる。
「…」「…」
 何か言いたそうにもじもじとする燕。それにいぶかしげに隼人は眉を寄せていたが、その背後で鶫がニタニタとした笑みを浮かべていた。その彼女の手元には英語の教科書が握られていた。
「なるほど…それで、燕さん。僕に何か、用があるようだね…」
 あえて、鶫の行為を無視するように…それでも呆れで漏れる溜め息と一緒に燕に問いかける隼人。
「英語の…ね」
「…」
 彼女のか細い声で…隼人は小さくうなずき、…言葉の続きを待つ。
「リーダー3の全章分…なんだけど」
 少し口ごもり、燕は隼人を見上げた。
「…分かったよ」隼人は軽く肩で息をき、体の向きを教室に向けた。
「すぐに必要なんだろう…今ちょうど教室に帰る所だから、ついてきてよ」
 隼人の言葉に表情を緩め、嬉しそうに微笑む燕。それを見て、彼は少しだけ安堵の顔を見せる。そして、隼人が歩き出すと同時に燕も歩き出す。

「………」

 目の前で白い髪がなびく。…短いボブカットの髪が…燕の目の前でなびき、隼人を覆い隠す。

 ホワイトアウトした彼女の視線が徐々にはっきりとして…
 それが寄り添うように隼人の後ろを歩いていくのが目に映る。
「どうしたの…燕さん」
 立ち尽くす燕の存在に気がついたのか、隼人は立ち止まり、振り返る。
 彼と同じく、彼の背後を歩くソレが振り返り、燕を見つめた。

 真っ赤な瞳が…無表情なまま、燕を見つめていた。
 何の意思もなく、感情も伝わらない…真紅の瞳が彼女の瞳を見つめ返していた。

 その瞳に見つめられると、燕に静寂が広まった。
 それはとても…とても…白く…とても不快なもので

  ぞっとした…

「燕?」鶫も彼女の行動がおかしいことに気づいたようで、話しかける。
「はーちゃん、待っとうで?何しとんの?」
「うん、…」
 燕はただ空返事をして、ゆっくりと歩き出す。
「授業も始まってしまうから…急ごう」
 隼人は燕に微笑み、優しく話しかけ、歩を進める。

 すると、紅い瞳も向きを変え、白い存在が燕の目の前から隼人を覆い隠す。
はや、行きやな、燕」
 鶫に後押しされて、歩き出す燕。
 でも、その眼には…隼人の姿はなかった…。

 真っ白い何かが彼を覆い隠し…
 彼女の視線から覆い隠し…
 胸の中に釈然としない思いをもったまま、…
 彼女は隼人たちの後をついて歩いていた。

  キンコーン…キンコーン

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