=第一章・第七部=

=黎明の証より来る日=

 

 それは学園の南棟よりも南に位置し、裏庭の一角にそびえる、日光で輝く白銀の楼閣。
 冬には温水となるプールは、暑さにだらける生徒達の憩いの場所となる冷水を満たし、サンルーフから注ぐ日差しで白銀色の輝きを発していた。
 隼人はそんな水面みなもの反射光を浴びながら、辺りを見回す。
 全長200m、15レーンを誇る大プール、そして100m、10レーンのプール。さらに水慣れに用意された小プールが連なり、強化ガラスによる全方位のサンルーフ仕立て。
 そればかりか、空調も整備され、プールに入らなくとも暑さはあまり無く、所々に添えられたヤシなどの観賞植物が植えられて…
 高級スポーツクラブでもそうそうにありはしないだろう屋内プールに、…授業で毎回使っているものの、その豪華絢爛ごうかけんらんさは、いつも気持ち萎縮する思いを隼人は感じていた。

ピーーーー

 未だ馴染めない光景に呆ける隼人の耳に…体育教師の力強い笛の音が響く。
 それに伴い、生徒のザワメキは薄れ、静寂に包まれると、教師は満足そうにうなずき、腕組みなおして、今日行うことをゆっくりと解説し始めた。
 それを隼人は呆けながら、胆略たんりゃくに耳へといれていく。

  一応、やるべき授業も終わり、自由、自習ということ…
  水球を行う者は…通常プールに集合のこと…

 隼人は沸き立つ生徒をよそに…次の笛の音を聞くと、ゆっくりと大プールに体を預けた。

   … … …

 隼人は漂っていた。
 回りの喧騒届かぬ大プールの中央へと仰向けに漂っていく。
 サンルーフ越しにのぞく太陽を見つめながら…

 パシャンッ…と小さく水のはねる音が近づいてくる。
 たぶん、競泳の練習をしている生徒が来るのだろう…隼人はそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

  パシャン…パシャン…パシャッ…

 不意に競泳に勤しんでいるはずの生徒の水掻き音が途切れる。ちょうど隼人の隣あたりで…
 けれど、隼人は動かず、目を閉じていた。たぶん、息をついているのだろう…と、そう思って、漂い続けていた。

 異変はその泳いでいたであろう人の影が、隼人の体にゆっくりと近づいた時だった。

  バシャバシャバシャ

 隼人はその二の足を地面に着けようともがいた。
 けれど…プールの中央は異様に深く、足が届くはずも無い。
 一瞬、溺れたようなしぐさの後、息つくように立ち泳ぎを始める。
 その右手に…真っ白い手が添えられていた。そして、その先にはイスカの姿があった。
「イ、イスカ…さん?」
 目を丸くしてみる隼人に…いつもの無表情で返すイスカ。
 隼人はしばらく彼女を見つめていたが、ふと…その右手の感触が…恥ずかしくなり、振り払おうとする。
「………」
 イスカの腕は細くしなやか過ぎて、乱暴に扱うと折れてしまいそうに思えるほど細かった。…だから、無下に扱う事が隼人にはどうしても出来なかった。
 しばらく、彼女を観察するように見つめていたが…
 その白い肌と白いワンピースに包まれた…以外とふくよかな胸元に、ふと目がいってしまい、…動悸が徐々に早まるのを感じた。
 後ろめたさと邪に心がうごめきだしたのを隠すように隼人は視線を逸らす。

  ジャバ〜〜ンッ!!

 そんな隼人の心を覚ますかのような大量の冷水が隼人の頭部に襲い掛かった。
 水泳帽からはみ出した髪より滴り落ちる雫の向こうに、小麦色の少女が(なぜか)洗面器を抱えて、ケラケラと笑う。いわずと知れた鶫であった。
 彼女は、洗面器を逆さにし、浮き輪代わりにするとまだ可笑しそうに笑い続け、二人に近づいてくる。
 そんな彼女の水着は小麦色に映える白いビキニ。
 再び、目のやり場に困りながらも、隼人は少し鶫を見る。
「これな、そこの便所のやつなんよ」ニコニコしながら、鶫は隼人に話しかけ、それから気づいたようにイスカに視線を向ける。
「なんや、イスカ、一緒なん?おまんら、何しとん?」
「…イスカさんを知ってるんですか?」
 隼人は鶫の言葉に少々驚きながら問い返すと、彼女はゆっくりとうなずいて、「わしらの部室、隣同士なんよ」と答えながら、隼人とイスカ、その二人を交互に見比べる。
「はぁ〜ん、なんほどなぁ〜」不意に鶫はニヤケ顔を見せて、隼人に詰め寄った。
「おまんら、いつから仲良かったんじゃなぁ?…ほいで、燕の不機嫌なおんも、直らへんかったんな」
「………………えっ…!?」
 一瞬、隼人は鶫が何事を言ったのか…理解できなかった。
 それが面白いのだろう、鶫は先程以上に隼人の近くに寄り…その耳元でこう囁いた。
「んで、どんなじゃった?えかったんかい?」
 続けざまの問いかけは、隼人に一瞬の空白を与えた。
 徐々にゆっくりと時が流れ出すと…言葉の意味が理解でき、彼の胸中に何かが沸々と湧き上がる。
「鶫さん!!」
 何かが爆発した瞬間…、ついイスカの手を振り払って、鶫に詰め寄った。
 彼女は今まで以上に楽しげにケラケラと笑い、「冗談や、冗談」と手の平で詰め寄る隼人を押し返す。
「はーちゃんにそんな甲斐性あらへんもんな」

  ピーーーー

 隼人は何かもう一言だけ言い返したかったが、体育教師の笛の音が響いてくる。
「なんや、もう終わりかい…つまらへんのぉ…」
 鶫は爆発しそうな隼人を両手で押し返しながら眉をひそめるが、しゃあないと息ついて、イスカの手を取る。
「じゃぁな、また後でな」
 ピラピラ〜と、手を振りながら、鶫はイスカをぐいぐい引っ張り、隼人の前から消えていく。
 その手にあるイスカは…隼人を見つめ続けていた。
 その光景に隼人は、買い物で欲しい物を見つけた子供を強引に引き、家路に急ぐ母親の姿と重ね合わせながら…二人が視認ができなくなるまで見つめていた。

キンコーン…キンコーン

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