=第一章・第八部=

=黎明の証より来る日=

 

 昼休み…。生徒達は、朝からの授業の疲れを癒すかのように昼食をとりながら談笑したり、ボール遊びをしたり…と、思い思いの休息の時間を楽しんでいた。
 隼人もまた、食堂にてサンドイッチの一袋を買い、裏庭に向かう。
 早朝に約束した、雀に会うために…

「イスカさん」
 裏庭の一つの木陰で腰を下ろし、雀を待つ隼人。その目の前に…自分と同じサンドイッチを持ったイスカが立っていた。それに、少し驚いた声を上げる隼人だが、彼女はそんな彼を見下ろし続けていた。
「何か用?」
 隼人の問いかけに何も答えない…そうなるだろうと分かっていた事だけに、彼の口から溜め息が漏れる。
「隣に座りなよ…」隼人は隣の草原を軽く払い、イスカに席を進める。
「立っていても疲れてしまうだろう…」
 彼の微笑みかけに彼女は…無言に腰を下ろした。
 ゆっくりとした時間が流れていく…昼休みの喧騒があるはずなのに…
 二人の間には…それも関係ないほど静寂に包まれていた。

 不意に隼人はピリッと袋を破り、サンドイッチを取り出した。
 それに習い、イスカも袋を破り、サンドイッチを取り出した。

「けほ…」
 突然、イスカが咳きつく。一瞬、隼人は驚き、振り返った。
 彼と同じようにサンドイッチを口に入れ、飲み込もうとしたようであった。
 咳き込みが続くイスカの前に、唾液で少し湿り気をおびたパンとキャベツの端が草原に落ちている。
 さらに咳きこみが強くなり、喉元を抑えながら荒く息を吐くイスカ…。
「イスカさん…どうかしたの…?」
 思いもかけないイスカの急変に隼人は彼女の肩に手を置き、顔を覗き込む。
 その顔には血の気が引き、さらに白くなった肌にいくつもの汗が浮かんでいる。
 隼人はポケットからハンカチを取り出し、イスカに差し出した…が、彼女はただ息荒く、彼の腕に体を預けている。
「………」
 隼人は苦しそうに呻くイスカを少しでも楽にできるのではないかと思い、ハンカチで優しく彼女の顔を拭いはじめる。
「………」
 その顔を一拭いするたびに彼女の息の荒れが治まり、顔の汗を全て拭き終えると…いつものイスカの表情があった。
「………」
 隼人はゆっくりとイスカの肩から手を離し、彼女を木によりかける。
 木によりかかりながらも、いつもの表情になった彼女は、ただ、隼人を見つめていた。
「大丈夫?イスカさん」隼人はイスカに微笑みかける。
「本当に、どうかしたの?いきなり咳き込んだりして…」
「初めてだから…」
「えっ…」
「食べるのが、初めてだったから…」
「サンドイッチを…食べることが…?」
 最後の隼人の言葉には、彼女は無言に…ただ、彼を見つめなおすだけだった。
「………」
 隼人はゆっくりと息を吐きながら彼女から視線を外し、頭をたれ、…再び上げる。
 その視線の先に…ある人影が木陰の後ろに隠れているのが分かった。
「雀さん」隼人が小声でその者の名を呼ぶ。木陰の人は軽くそれに反応するように肩を震わせた。
「そんな所で何をしているの、雀さん?僕に…何か用があったんじゃないの?」
 オズオズと二人の前に姿を現した雀に隼人は微笑んで声をかける。
「………」雀はしばらく、二人を見て、少し強がったような笑みを見せる。
「そんなにたいした用ではないんです。少しだけ、先輩と………だから、いいんです」
 ただ、そう言って…雀は隼人達に背を向けた。
「………雀さん」
「お邪魔して、ごめんなさい」
 雀は、…顔を軽く二人に向け、そう小さく声をこぼし、走り去った…。

 風が二人の間を吹き抜ける…涼やかな風だった…
 隼人はしばらく、雀の消えていった先を眺め…再び息を軽く吐き、イスカを見る。
 相変わらずの無表情の彼女が彼を見つめかえしていた。

  キンコーン…キンコーン

 風に乗って…鐘の音が聞こえる…
 隼人は…それを耳にし、しばらくして、軽く頭を掻いてみせる。
「そろそろ行こうか…」
 イスカに話しかけるわけでもなく、隼人はそう呟き、腰を上げる。
 彼女もそれに習い、腰を上げ、青葉の匂いが駆け抜けていく裏庭を後にした。

次に進む/読むのを終了する