=第二章・第二部=

=朝露が消える頃より来る日=

 

「悪かっちゃ、謝る…謝るけぇ、今日の用件、言わなあかんかったなぁ…」
 ひとしきり、遊び終えたのに満足した鶫は胸元押さえながら、「犯わんてちょ♪」と最後に一言付け加えて、隼人をいさめる。
「………それで」追いかけ疲れてしまったのか、肩で息をつき、彼女の一言でやっと、冷静さを取り戻した隼人はゆっくりと口を開く。
「それで、何の用で僕を呼び出したんですか?」
 その目つきは未だ睨みつけるように彼女を見ていたが、彼女は気にした様子もなく、ニコニコして言葉を続ける。
「実はな、次の週にわし、実家に帰んねやんか」
「…帰巣ですか?」
「そや、で…わしんとこ、海の民宿やってんね」
 わざと彼女をむっとさせる為に隼人は鳥の名前に引っ掛け、[里帰り]と言わなかったのに、鶫はただニコッとして返事をする。
「民宿…」
 それに少しばかりくやしさを感じたが、隼人は彼女の言葉を反芻する。
 彼女は「どげや…?」と、ここで言葉を切り、隼人を見ている。
 しばらく、隼人は鶫の言葉を待ったが、次がないので…オズオズと問いただした。
「僕に来い?と…」
「どうせ、暇しちょんのだろ?暇は暇同士、仲ようせにゃ♪」
「そうですね…」しばし、隼人は思いをもめぐらすように面を上げ、中空に視線を漂わせた。
「僕の両親もとうぶん帰ってきそうにないですから、ちょうど良いかもしれません」
「なんや?はーちゃん、今一人で暮らしとんの?」
 隼人も怒りの高まりが納まったのか、いつもの柔らかい口調で彼女にそう答えると、鶫は目をまたたかせる。
「ええ…」隼人は一つ返事をして、言葉を続ける。
「僕の両親が原線路界第三学校…大学の教授だというのは、知ってますよね?」
「教授なんけ?はーちゃんのとと。それもかかも!!」
 どうやら、彼女は知らなかったらしく、素直に驚きの表情を見せた。
「それで今、南アメリカの古代文明についての立証か何かのプロジェクトで出かけているんですよ」
「はぁ〜、わしのと、ちゃうなぁ〜…ほんま、お坊ちゃんやったんけ…」
「そんなでもないですよ…自分の研究が好きで…息子をほったらかしなんですから…」
 隼人は自分の両親にたいしての苦労に、苦笑を漏らしながら、彼女への答えを決めた。
「暇なのは変わりないですから…お言葉に甘えます。それで日程は?」
「次週の日曜日、朝6時に駅におりゃいいね♪」
 隼人の了承の答えは、よほど嬉しかったのだろう…ニヒヒヒヒと笑う鶫。
 それに隼人は安堵の息を吐き、「話はそれで終わりですね?」と尋ねると、彼女は「そやな、おおむねO.K.やな…」と、返した。その言葉に隼人は眉をひそめる。
「おおむね?」
「そや」鶫は大きくうなずく。
「実は、その帰巣の席、もう一つ空いてんの?空けちょくのも、わりけぇな…はーちゃん、良い人おらん?」
「そんないきなり言われても…」
 先ほど皮肉まじりの冗談で言った言葉を彼女がまじまじと使うので…隼人は少し呆れながら、言葉を詰まらした。
「ちなみにそん時は、燕は家族旅行らしいやろ?」
「写真部の人も出てますからね…僕に言われても…」
 さすがに言葉きゅうする隼人と鶫はお互い、首をひねりあっていたが、「あっ…」と、鶫が言葉を漏らすのに、隼人も考えるのをやめた。
「イスカがおんやないか…」
「イスカ?…さん」
「わしも知っちょる、はーちゃんも知っちょる…適任やん♪」
「でも」隼人は慌てて、鶫に問いかけた。
「でも、彼女の予定は?彼女にだって予定があるでしょう?」
「ちゃちゃちゃ、そりゃ大丈夫やねん」立てた右手の人差し指を横に軽く振り、鶫はニヒヒ〜と笑いながら、言葉を続ける。
「あいつ、今までの休みもずっと学校に来て、何もせずにおんねん。知らんやろ?」
「…そうなんですか…」
「というわけや」
 意外な答えに隼人は少し見開いて、言葉を漏らすと、鶫が大きくうなずいてみせる。
 それでも、何か言おうとした隼人の脇を「そんでは」と言って、抜けていく鶫。
「こんこと、イスカん言ってくうわな♪はーちゃんも風邪ひかん程度であがりぃ」
 隼人の質問の言葉より早く、鶫はプールを上がる。
「あっ…」
 最後に、それでも何か言おうと目で彼女を追った彼の前に…彼女の褐色の肌が広がる。
 布地が切り取られ、Zの字を思わせる彼女のワンピース水着はビキニにも似ていて、水で輝く張りのあるお尻を見上げる、そんな光景が眼前にさらされ、隼人は一瞬、釘付けになる…。
  バタン…
 更衣室の戸が閉まる音が聞こえ、…金縛りのように固まっていた隼人は…水面に倒れこんだ。
 未だ、鶫の裸にも似たその姿と…そして、あの時の柔らかい感触を思い出し…耳まで真っ赤になる。
  ジャボン…
 隼人は一度、大きく体を沈ませた。
 そして、「少し頭を冷やさないと…」と呟き、…一人きりのプールを楽しんだ…。

 


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