=第二章・第三部= =朝露が消える頃より来る日= |
| 隼人が鶫の誘いを受けて、一週間経ったその日。 彼は大きなスポーツバックを傍らに置いて、昼間に駅員が一人しかいない駅の待合室の一席に腰掛けていた。 未だ六時前であったが、既に朝の気配が消えたかのように、陽が空で輝いている。 そして、待合室から見える町並みには、朝が早いこともあるが、人影ひとつもなかった。夏休み中でもあるため、それほど人が残っていないのであろう。彼が駅に向かう途中、いくつかの商店には頑ななシャッターが降りており、旅行の旨を記入した紙が張られているのを確認できた。 「ふあぁぁぁ…」隼人は小さくアクビし、うなだれる。 「少し早く着過ぎたかな…」 彼は…ゆっくり流れる時間を感じながら…思いはじめた事は、鶫の遅刻のことだ。別に、彼女が遅刻の常習犯だったという訳ではないが…そんな気がしてきた。 カシャン… コンクリートでできた待合室の床に、何か当たる音がした。それに気づいた隼人は面を上げる。 そんな彼の鼻先に夏の香りを乗せた風が、待合室の入り口からプラットホームへの入り口にと吹きぬけていく。そして、視線の先に映ったのはイスカの姿だった。 ただ、その格好はあまりにも 一瞬、唖然とする隼人だったが、彼女らしさがうかがえたので、訳もなく笑みがもれた。 「 「………」 「まだ、鶫さんは着いていませんよ。…立っているのもなんですから…こちらに来て、座らないですか?」 「…………」 彼女は言われるがままに隼人の隣に行くと、すっと腰を降ろした。 「………あぁ、そうか…」 ふと、隼人は頭の中で浮かんでいた問答の答えを、口が滑ったかのような小声で漏らした。 夏の香り…と思ったのは、彼女が薄くまとった柑橘系の香水のせいだったようだ。 その小声の答えにイスカは彼の方を見る。 「………ははは…なんでもないよ…」 彼女の紅い瞳にのぞきこまれるのが、恥ずかしかったのだろう…彼は口先で軽く手を横に振り、顔を逸らした。 そして…二人の間に…静かな時が流れていった… 隼人がその静寂に耐えられなくなり、席を立とうとした瞬間、グオォ…という車のけたたましい排気音が鳴り響く。 それも急激なゴムの摩擦音と一緒に止まったかと思うと…「プッププ〜〜〜!!」と、甲高いクラクションが響き渡った。 「鶫さん…」 隼人は少し安堵の溜め息を吐き、席を立つと、待合室の窓から駐車場を見下ろした。 真っ赤なオープンカーに乗る…サングラスと革ジャンで決めた鶫の姿があった。 「プップッププププ〜」 ただ、鶫の方からは窓越しに覗く隼人の姿を確認できないのようで、相も変わらずクラクションをけたたましく鳴り響かせていた。 「あれじゃ迷惑だよ…」 隼人は鶫の行動に唖然としながら、構内の座席に座るイスカに振り返る。 彼女は隼人を見つめて、ジッとしていた。 「鶫さんを待たせるのも悪いから、行きましょうか?」 隼人はニコッと笑い、イスカに優しく話しかけると、イスカは…それでもしばらく、隼人を見つめていたが…旅行バックの取っ手を手に取り、すっと席を立つ。 そして、ゆっくりとした歩調で…隼人の側で立ち止まった。 「あっ…えっ…」 彼女の行動に一瞬戸惑いを見せる隼人であったが、…そんな態度を取る彼女になれてきた自分へ少しばかり苦笑を洩らし…、自分のバックを手にとって、駅の構内を後にした。 「はーちゃん、遅いわな〜、来てるんなら 隼人達が駅から出てきた所を確認した鶫は、サングラスからのぞく眉毛を少しへの字に曲げて頬を膨らましつつ、先ほどのクラクションに負けない声でギャアギャアとわめきたてる。 その様に一瞬、うんざりという表情を見せる隼人は少し口答えしようとした。だが…、彼女との言い合いに勝てるはずもないので口を閉じ、助手席の前で足を止める。 「すごい車ですね…」とりあえず心なく…無難な言葉をかけてから、隼人は首を捻った。 「あれ、高校二年生で…車の免許って取れましたっけ?」 「なんや、はーちゃん♪良い目しとるやん♪惚れ惚れするラインやろ?」 隼人の疑問符に鶫はどこ吹く風に流してしまい、助手席の戸を開けて「乗りぃな♪」と手招いている。 「ちっ、ちょっと、鶫さん、答えてくださいよ!!」隼人は目を見開き、声高に鶫に問いただす。 「鶫さんの年齢じゃ普通、免許なんて取れないじゃないですか!」 「何言うとんの?はーちゃん、阿呆ものやなぁ…」 隼人の慌てぶりに鶫は今まで見せた事もない呆れ顔を見せる。さらにやれやれとばかりに肩をすくめて、これ以上ないほどの呆れ声で語った。 「わし、留年してんのやで…知らへんのか?」鶫の言葉で一瞬、絶句する隼人。それを、さらにたたみかけるように彼女は言葉を続ける。 「わし、もうとっくに18やねん。免許証、持っててもおかしないやない…」 そう言い終えて、大きくフンッと鼻を鳴らしてみせる鶫に…隼人はどういう反応をすれば良いのか…分からなかった。 「まぁ、そげなことはどうでもいいねん。 隼人の表情に満足のいくものを得た鶫はあの屈託のない笑みを見せて、二人を手招いた。 「イスカさん、先にどうぞ…」 隼人は少しコメカミを押さえる形で固まりそうになりながらも、助手席をスライドさせる。 イスカは再び隼人を見つめていた。そして、促されるように後部座席に身を置いた。 「おひょぉ♪なんや、イスカ?なんとまぁ、仰々しい格好やのう〜」 鶫は初めてイスカの姿に気がついたのだろう。口笛まじりの口調にサングラスで隠れてても分かる好奇な視線を彼女へ向けているのが分かった。それを目にしながら、隼人は助手席を元に戻そうとする。 「ちょい待ち!!」 隼人の行動にいきなり静止の声を上げる鶫。不可思議な視線を見せる隼人に彼女はニマッっと笑った。 「おまんも後ろ座りぃ」 隼人は目を見開き、「どうしてです?」と、慌てた口調で彼女に問いただす。 「人が横にいるとな、気ぃ散るねん。…事故したくないやろ?」 「………」 一瞬…、隼人は心の中で何かが吹きぬけていく感触を味わった。 その心虚ろな隼人の手を取り、鶫は強引にイスカの横に投げ入れるように彼を座らせて、発車の準備に入る。 「もう、どうにでもしてくれ…」 ウキウキとしている鶫の後姿に…投げやりになった隼人は顔を押さえて、そんな愚痴をこぼしていた…。 |