=第二章・第四部= =朝露が消える頃より来る日= |
| 鶫の運転する車は快音を響かせていた。そんな中、隼人は少し…物思いにふけっていたが…思い出したように、体を軽くのり出して、鶫に話しかける。 「ねぇ、鶫さん…この近くに…服を売っている店…知らないですか?」 「なんや、はーちゃん、今の時間、開いとる店なんぞ、あらへんで〜」 バックミラーごしから、車の快音にも負けない声量で隼人に答えを返した鶫だったが、「なんや…そげなわけかい」と、口元をにやつかせた。 「ちゃちゃ、なんやなんや…はーちゃん、イスカに何ぞ 鶫は冷やかしにも似た視線で隼人を見る。それに一瞬、彼は眉をへの字にゆがめてみせた。 「そやわな〜、いくらなんでもそげな格好しちょったら、楽しめるもんも、楽しめへんもんな〜」 「………」 とりあえず、鶫のちゃかしはしばらく続きそうなので…隼人はだんまりを決め込み、シートに深々と座り直す。そんな隼人の行動に対して、鶫はケラケラ笑い、車を脇に止め、携帯を取り出した。 「分かったけ、今、知り合いん そう言って、鶫はニタニタと隼人とイスカの顔を見ながら、電話をはじめた。彼女の態度に隼人は一瞬…溜め息まがいの声にもならない呟きを漏らして、肩を落とし…空を仰いだ。 「………」 そして、イスカは…そんな二人のやり取りを見ていたが、…今度は、隼人に焦点を向けて…、じっと見つめていた。 電話を終えた鶫が再び車を走らせて、十数分。[SizeUP!Ten]という店の前で停車する。 そこには、茶髪に黒いトレーナー姿の男性が立っており、鶫の姿を見つけると、片手を挙げてみせた。 先に鶫が車を降り、男性に話しかけようとする…が、いきなり振り返り「なにしちょん! その店はこじんまりとした店だった。店内はそれなりに整頓され、服が列を成している。ただ、置いてある品物の種類には寛容なのか、様々な色と素材、サイズが並べられているせいで…乱雑に見えてしまう。それが隼人の率直な感想であった。 隼人とイスカが、窓光だけで店内を見ている…その横で鶫が男性と話をしていた。 「 「お前の我が侭には慣れたもんだよ、気にすんな」 男性も彼女の行動を熟知しているのだろう。…と、隼人は 「ちゃちゃ、わしが気にすると思うん?」 「違いない…」 鶫の答えは彼女らしいもので、男性もそれを横で聞いていた隼人も、思わず諦めの溜め息が漏れる。 「やれやれ…」と思いつつ、隼人はイスカに視線を戻すと、彼女は食い入るように見つめているものがあった。それに気づき、彼もその視線の筋を目で追った。その先にあったのは、ショーウィンドゥに飾られたカーテン越しの朝日を浴びる、真っ白なワンピースと真っ赤な麦藁帽子を被ったマネキンだった。 「おや、お目が高いな、あんたら…」 その光景を呆っと見ていた隼人に男性は声をかけた。ただ、少し突然だったのだろう、隼人は驚いたように振り返る。男性はニッと笑い、ショーウィンドゥに目線を合わせながら言葉を続けた。 「あいつは昨日入荷したばかりの新作でね…今じゃ珍しいぐらい、無垢でシンプルに仕上げた奴なんだよ」 そこで、言葉を区切り…、視線を隼人に向ける。 「海に行くなら、持ってこいだぜ、ゴテゴテしいもんもない、…特に鶫の家の周りは、何もない田舎だからな」 「田舎は余計じゃい!!」 「 鶫のヘソを曲げたような声に男性は苦笑いを浮かべて、隼人とイスカに商談を持ち掛ける。 「価格も手ごろだしな…その娘の髪の色とも意外にあっていると思うぜ」 男性はそこまで言って、優しい笑顔で二人を見ている。隼人は、再度ショーウィンドゥに視線を向けた。 「真っ白なワンピース…かぁ」 それから隼人は視線をイスカに向ける。相変わらず、まばたきもせずに彼女はワンピースを見ているようだ。そんな彼女の姿に…ワンピースを着ている姿を思い描くと…意外にあっていて、…彼女には白がよく似合うと感じた。 「…そうか」イスカを見つめる隼人はふっと言葉を洩らす。 「いつも白衣を着ているから…白があうのは当たり前だよな…」 なんだか、変な納得だったが…、妙にうなずいてしまう隼人。 「商談成立…って所か?」男性はニッと笑い、ショーウィンドゥに向かうとワンピースとついでに真っ赤な麦藁帽子を持ち出してくる。 「この帽子はオマケだよ。向こうの日差しで日射病になりそうな白い娘だからな」 そう言いながら、イスカの前に立ち、差し出した。 イスカはしばらく、その男性の手元にあるワンピースと麦藁帽子を見つめ、そして男性の顔を見た。彼は笑顔を見せて、軽やかな声でイスカに話しかける。 「そこのブラインドで着替えていきな、お代は彼が払ってくれるそうだよ」 隼人がイスカのために服を買い、再び、車に乗った3人に夏の暑さが降り注ぎはじめていた。 「はーちゃん、どげんした?」 軽やかに車のステアリングを切る鶫のにこやかな表情とは裏腹に、コメカミを押さえる隼人は複雑な気持ちでいた。 「なんで…」車の快音にかき消される声で呟く。 「なんで、鶫さんの服まで買わないといけなかったんですか…」 「なんや、はーちゃん、何ぞ言ったかいな〜?」 隼人のそんなかき消えるほど小さな声に、シックな色合いのGジャンに着替えた鶫が嬉しそうに問い直す。 …馬耳東風… 彼の頭の中にそんな四字熟語が…車に乗っているせいであろうか…浮かんでしまった。 効果のない問答をするのも疲れるだけなので…隼人は終わった事として、鶫を見ないように腰を深く落とす。 「後どれくらい、走るんだろう…」 綿雲が多く、陽射しも途切れ途切れだが、熱が溜まりがちの体に駆け抜ける風の冷たさを感じながら、隼人は流れていく風景を見つめていた。 のどかな山村と、アスファルトで舗装されているものの蛇行する山道を車が駆け抜けていく。 風とエンジン音、そしてカーステレオから流れる…鶫の性格からは想像もつかないような…ピアノソロのバラード曲が交じり合いながら、隼人の頭の後ろへと流れていく。 「はーちゃん」少し朝も早かったために、うつらうつらし始めた頭に鶫の声が響く。 「少し寝んさいな」 いつもとどこか違うような口調…、という雰囲気を受けた隼人は、バックミラーごしに彼女の顔を覗き込もうとした。ただ、彼女はサングラスをしているので、表情がうかがえなかった。 「実家はもうちょっと、かかるわ。そんに朝も 「まぁ、それは…」 「イスカも寝てるんやから、ゆっくりしい」 鶫に言われ、初めて隼人は気づいたように隣に座るイスカを見た。買ったばかりの白いワンピースを着た彼女は、その手の中に赤い麦藁帽子を置き、すやすやと眠っているようだった。 初め、この風圧で目を閉じていた…と思っていた隼人には、そんな無防備な態度のイスカの姿に驚きが隠せなかった。 「…ふぅ」 隼人は息を吹きつつ、座りなおし、「じゃぁ…お言葉に甘えます…」とだけ、小さく答え、目を閉じた。 目を閉じてみると、鶫の運転は以外にも心地よい振動であるのが分かった。 当たる風も…陽射しの暖かさと相成って…気持ちが良い。 隼人は全身を預け、今度は大きく息をついた。… そういえば 深いまどろみに誘われそうになりながら…隼人は頭の中で考え事を呟いた…。 …本当の海を見るなんて…初めてのことかもしれない… |