=第三章・第二部=

昼の白い雲より来る日

 

 隼人も二人に遅れる事30分、やっと、民宿の中に入ることができた。
 この炎天下の中、嫌と言うほど汗をかいた隼人にとって、民宿の中の涼やかな空気は心地よいものだった。
「ごくろうでしたな〜」
 中に入り、一息つく彼に声をかける者がいた。
 その声に、軽くあたりを見渡す隼人。そして、彼の視線は玄関の上がり口で止まった。
 そこには初老の男性が立ち、にこやかな表情を見せている。
「みなさん、二階におりますで。いきましょうか」
 たぶん、鶫の祖父であろう…隼人はそんな事を思いながら、老人に案内されるまま、二階へと上がり、右手の突き当たりの部屋に通された。
「遅かったの〜」
 老人がふすまを開けると、鶫の少しふてくされた声が聞こえる。
 隼人はそんな言葉を無視する素振りを見せて、とりあえず、部屋全体に目を向けた。
 民宿の角の部屋だからだろう、目の前と右手には窓があり、今は風通しを良くする為に開け放たれていた。窓の外には見下ろすように海が広がっており、耳をすませば、潮騒の音が聞こえてくる気がする。
 それから改めて、部屋の中を見る隼人。
 畳がひかれ、中央に大机と囲むように並べられた座布団があり、左手前からイスカと鶫、右手前に鶫の両親、そして祖母らしい人が座っていた。
「はーちゃん、早よ座りぃ〜」
 パンパンと自分の横の畳を叩いてみせる鶫。そんな彼女の行動にせかされ、隼人はイスカの隣にある空いた座布団に腰を下ろした。次いで、案内してくれた老人も向かいの座布団に腰を下ろす。
「ちゃちゃ、すんませんな〜」隼人が腰を下ろすと、始めに会った鶫の父親が軽く頭を掻きつつ、平謝りをする。
「客はん、放って申し訳ないて。ほれ、鶫が帰ってきたのがあないに嬉しかて…」
 少々不機嫌そうだった隼人の顔に、父親は申し訳なさそうな表情で言葉を続けた。
とと」不意に、父親が話し終わらない内に鶫が口を挟む。
「一週間だけじゃが、お邪魔するけ、良《よ》かな?」
「良か良か、一週やと二週やと…好きんだけおらやてな!」
 父親は大きくうなずき、嬉しさに緩みまくった顔を見せていた。が、「そうや!」と叫ぶと、いきなり立ちあがる。
「ちゃちゃ、どこん行くね!」
 いきなりの父親の行動に、その隣の少々豊満な女性…鶫の母親が目を丸くして、問いかける。
「決まっちょうがな」それに父親は嬉々ききとして答えた。
「ゲキョ、見に行くんやわ!鶫帰っちゃったで、今日はチゴじゃわい!」
 父親はただそう言って、外へと駆け出していった様を、隼人とイスカを除く皆は、苦笑しながら見送った。
「鶫さん」隼人が、鶫に耳打ちするように声をかける。
「えっと、お父さんはどちらに行かれたんです?」
「ちゃちゃ、市場にいったんよ。今日、わしが帰ってたで、ご馳走にするんじゃと。困ったととじゃて」
 鶫には珍しい照れたような苦笑を見せる。そんな風に笑っていた彼女だったが、「そやった、そやった」と、ふと思い出したようにカバンを漁り、一つの茶封筒を取り出した。
かか、これ、姉が夫の喪中やからって戻る訳いかんてな。渡しときって言われたんや」
「何ね?」母親が不思議そうにそれを受け取り、中を見た。
「こやにか!」
「この民宿、前から儲かっちょらんやろ。生活の足しにしてや」
 母親の驚きの表情に鶫はニコニコと言葉を続けるが、母親が堰《せき》切ったように言いかえす。
「馬鹿やったんやな!こはおまんらが使えや。わしらは気ぃやけで十分やて」
「そうはいかんて。…じゃったら、この二人の滞在費で受け取りな。それやったら、文句あらへんじゃろ?」
 母親の言葉を鶫がいつものニタニタした笑いでその言葉を突っ返す。
 それに母親は溜息一つ吐いてみせて、「しゃないの〜」とだけ言って、懐に入れた。
「ほんま、頑固な子やな〜」
「え〜っと、お話は終わりましたか…?」
 やっと一段落ついたのだろう…そう思って、隼人は口を挟む。
「ちゃちゃ、忘れちょったわ」鶫が軽く頭を掻く。
かか、こん二人がこんから世話になる奴じゃてな。四嶋隼人と宝家イスカじゃわ」
「四嶋と宝家…」鶫の言葉に母親は二人の顔を…特にイスカの顔を見て、軽く首を傾げた。
「…えろう申し訳ないですわ、隼人さんとイスカさんやったね。ほんま、お客はん、放っときまして、すんませんですわ。私がこの民宿の運営してる雲雀(ひばり)やて。自分の家やと思うて、のんびりしてくんさい」
 母親は軽く思いふける感じであったが、頭を下げて、非礼を言う。さらにもう一言言おうとした母親を、鶫が軽く手を叩き、言葉をさえぎった。
「そげな堅苦しい挨拶は抜きじゃて。じじ、二人を部屋に案内してくれへん?わし、も少し話す事があるんやてね」
「ほいほい、わかっちゃったがな」老人もにこにこして、席を立つ。
「お二人方、お部屋案内しますやで、荷物もってくんさいな」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「……お願いします」
 隼人とイスカの二人は軽くお辞儀をして、荷物を持つとその老人の後について、部屋を出た。
「…そうけ、やっぱり、あの子かいな」
 ふと、廊下に出た隼人の耳に、母親と鶫の会話がかすかに聞こえてきた。
「よう、つれだせたんな〜…」「ちゃちゃ、こんくらいはな…」
 少し、聞きたいような気もしたが、やはり聞き耳は悪いと思い、気持ちを切り替えて、彼はその場を後にした。

 


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