=第三章・第三部=

昼の白い雲より来る日

 

 正午を迎えたのだろうか。陽も上がりきり、熱せられた風が旅館の前をかけ抜けていく中、「何〜?水着ないんやと?」という、鶫の声が旅館に響く。
 玄関口で水着の詰まった袋を持った隼人は眉をひそめて、振り返えるものの、張本人の姿が見えなかったので、仕方なく、靴を脱いで、彼女達の部屋に足を運んだ。
「どうかしたんですか?」
 おずおずと部屋のふすまから隼人が顔を出すと、眉をへの字に曲げた鶫の顔といつもと変わらない無表情のイスカの顔が彼の方を見た。
「海行くん言うたのに、イスカの奴な、水着持ってきてないんやと」
 鶫には珍しい溜め息を洩らしつつ、イスカの顔を見て、隼人に答えた。
「はーちゃんも、何か言うたれやな〜」
「え、えっと、何か言えって言われても…」
 話を振られ、少々困り顔の隼人はイスカを見た。そのイスカは、彼の瞳の奥を覗き込むように見つめ返している。
「例えばな、代わりのを買っ…」
「そんなお金もうありませんよ。鶫さんの服で品切れです」
 振り向かずにその提案を即答で却下する隼人に、鶫も押し黙る。
「…」隼人はイスカの横に腰を下ろし、彼女の顔を見つめる。
「海に行きたい?」
「………」
 彼の質問に、彼女はしばらく無言で見つめ返していた。そして、「…あなたが行くなら、いきたい」とだけ、答えた。
 その言葉に隼人は少し面を上げる。
「鶫さん」面を上げたまま、鶫に話しかける。
「水着貸してあげたらどうです?何着か、持って着てるんでしょう?」
「なんやと〜〜〜〜〜!」隼人の言葉に、先程、外まで響いた声よりも、さらに大きく素っ頓狂な声を上げる鶫。
「ななな、っして!、わしのん、貸さなんならへんの!」
 胸倉掴む勢いで唾を飛ばして、言いたてる鶫に…息落ちつくのを待ってから、隼人は口を開いた。
「もう、僕は彼女に買ってあげれるほどのお金、残ってないんですよ」
「いっ、一銭もかや…?」
 鶫がまだ少しブチブチと洩らすのに、「誰のせいでしたっけ、お金なくなったのは」と、彼は追い討ちをかける。
「う〜〜〜〜…」
 少し泣きそうな表情の鶫は最後に「なんや、いつもより、意地悪じゃな…はーちゃんは〜」と、頬を膨らましながら立ちあがり、イスカの手を取った。
「背丈は良えけど、他がブカブカやったっで怒らんでな」

 


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