=第三章・第四部=

昼の白い雲より来る日

 

「ああああああ!泳ぐでぇーーーー!」
 少し雑踏で白いというわけではないが、砂浜の上、青く晴れ渡り、入道雲の脇からサンサンとした太陽が覗く元、…誰もが振り返るような大声でがなりたてる鶫がいた。
「………えっと………」
 やっと荷物運びに解放されて、パラソルを立てかけていた隼人は、…黒いビキニ姿で叫ぶ鶫の不機嫌なような雰囲気に声をかけかねる…。
 一息入れるようにシートの上に腰を下ろすと、習うように白いワンピース姿のイスカが座る。
「イスカさん」耳打つように彼は彼女に質問した。
「鶫さん、なんであんなに機嫌が悪いんですか?」
「…胸の部分がきついって…言っただけ…」
 端的だが、要所は掴め、隼人はどうしたものかと表情にできず、…そして、鶫の後姿を見て、苦笑いをもらした。
「わしは泳ぐんじゃーーーー!」
 いちいち大声を上げて、海に走り出す鶫。注目されようともかまわないようだった。
「やけくそみたい…だね」
 彼女の態度に対して、イスカへ再度問いかけるように言葉をこぼした後、大きく息を吸う隼人。
 それは、都会の濁った空気とは違う潮を含んだ清涼な、そして熱く感じるようで冷涼な海の匂いがした。
 隼人の耳には、人々と鶫のやけっぱちな声と、潮騒の音が響く。
 そして、太陽のきらめきを照り返すコバルトブルーの海と白く大きな入道雲を浮かべたスカイブルーの空。
 全てが、彼にとって心地よく、そして今までの疲れを癒してくれるようにさえ感じた。
「…」
 隼人も正直、海に飛び込んでみたいと思ってはいたが、やはり、そうはいかないようだ。
 彼は視線だけを横に向け、イスカを見ると、じっと隼人の見ていた方向を見つめている。
 隼人は、彼女に荷物番をさせるのはやはり忍びないと思いつつ…、とはいっても、彼女に泳いでくるように言ったところで、たぶん、自分を見つめ返すだけだと思った…。
「鶫さんが戻るまで待つか…」
 隼人は、彼女に聞こえないようにそうポツリとつぶやいて…小さくため息を吐いた。
  チリ〜ンチリリ〜ン
「アイス、アイスはいりませんか〜」
 しばらくすると、軽やかな声とベルの音が聞こえてきたので、隼人はそちらに視線を向ける。
 Tシャツに膝までカットしたGパン、白リボンを結んだ麦藁帽子姿のアイス売りをしている少女が少々離れた位置を歩きながら、「アイス〜、アイス〜」と、声を張り上げている。
「………」
 隼人はしばらく、物思いにふけるようにそれを見て、イスカのほうを軽く見る。
 彼女は相変わらず、自分の横で姿勢良く座っていた。
「すいませ〜ん」
 隼人は、アイス売りの少女を呼びとめると、「まいど〜」と返事をし、彼の元に駆け寄ってくる。
「え〜っと、…」
 隼人が傍らのカバンから財布を取り出した時、少女は彼の足先に立っていた。

「…あっ…」

 注文を言おうと面を上げた隼人に少女は、何か見つけたような表情で言葉をこぼす。
「あなたが、隼人さんでしょ?」
「え?」初対面であるはずの彼女が自分の名前を言ったのに、隼人は目を丸くして、少女の顔を見なおした。
 近くに来て分かった褐色の肌の少女がその大きな黒い瞳を嬉々として光らせて、まじまじと隼人の顔を見る。
「やっぱり、隼人さんなんだ」
「え、えっと…僕に何か用でしょうか?」
 そんな少女に少し気圧されながら、返答する隼人へ「私、千鳥っていうの」と、少女は答える。
「私と遊ぼ」
「え、…」
 いきなりの少女…千鳥の申し出に隼人は困惑の言葉と表情を返す。
「だから、遊びに行こうよ」
 クーラーボックスを隼人の横に降ろして、彼の腕を取り、引き上げる千鳥。
「ちょっ、ちょっと…」
「うん?」
 千鳥を言葉で押しとめ、自分の腕を取る彼女の手を優しく振り払う隼人。そして、イスカのほうを一瞥いちべつし、千鳥の方に向き直った。
「いきなり、なんです?それに、お仕事…お手伝いかな…その最中じゃないんですか?サボったらいけないよ」
 彼の言い分に千鳥は少し考える仕草をしてみせるが、「いいのいいの」と言って、TシャツとGパンを脱ぎ捨て、オレンジと白のストライプが入った水着姿になる。
「ねえ、お姉さん」千鳥は、イスカのほうを見た。
「その荷物、見張っといてね。」
 彼女の言い分に唖然とする隼人。それを気にせず、千鳥は隼人を再び引っ張り、イスカの元を去っていった。
 イスカは、その二人の後姿を見て、ただその場で姿勢良く、座っているだけだった。

 


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