=第三章・第五部=

昼の白い雲より来る日

 

「…なにしてんねん、おまん…」
 隼人が千鳥に連れて行かれ、…十数分、…変わらず、風景を眺めるように座っているイスカに、少々飽きれた表情の鶫が水滴を振り落としながら、立っていた。
「なんや、はーちゃん、どしたん?おまん、置いて…」
 鶫はその場に腰を下ろして、人並みを見つめ続けているイスカを覗きこむが、彼女は鶫を見返す事無く、無表情に人並みを見つめていた。
「…なんか言いやな〜」
 鶫は無駄だと知りながらも、イスカの横に腰を下ろして、顔を覗きこみながら愚痴っぽく洩らす。…が、彼女は何も答えなかった。
 彼女の態度に鶫はやれやれと思いつつ、ふと、イスカの隣りに置いてあるクーラーボックスが目に入った。
「ちゃちゃ、なんや、それ?おまんら、そんなの持ってきいへんやったろ?」
 鶫はそう言って、彼女を見た。相変わらず、彼女は視線をあさっての方角に向けている。…ので、溜め息混じりに鶫は彼女の視線を追った。
「………」すると、鶫の瞳が少し見開かれる。
「………なんや…」
 イスカが見ていたものが分かり、顔をニヤつかせ、… ぽんっ と、彼女の背を押した。
 そして、少し前のめりになるイスカに鶫が言葉をかける。
「行ってこや」
 そんな言葉に、始めて、イスカは視線を鶫に向けると、未だ、ニヤニヤしている鶫が言葉を続ける。
「わしはもう十分遊んだけな。行ってこや」
「………」
「なんため、海に来たんや。行ってこ、行ってこ」
 少しだけ前のめりになっているイスカのお尻をぺんぺんと叩いて、押し出す鶫。それに対して、彼女は、ほんの少しだけ眉を曲げてみせる。
「ちゃちゃ、」
 鶫はニタニタした表情で、掃うように手を振った。…しばらく、鶫を見つめていたイスカだったが、視線を前に向けて、歩き出す。
「なんや、…」イスカが人込みに消えた頃、鶫が小さく言葉を洩らした。
「思ったより、感情的な事もできるんやな…」

 隼人は、少しきつい陽射しを手の傘で防ぎながら、その青い空を眺めていた。
「お兄ちゃん、いくよ〜」
 人込みのザワメキに負けず高らかに響く千鳥の声が隼人の耳に響く。しばらく見上げていた顔を下げて、少女の顔を見ると、大きな七色のビーチボールを山形に放り投げてくる。
 隼人はそれを受け取り、少女の方を見た。…そして、優しく微笑んだ。
「ん?」千鳥は少し眉をひそめて、彼の笑顔にニコッとして、「早く返してよ〜」と、声をかける。
 そんな少女の横を通りすぎる人がいた。少女はそれを軽く見上げるが、その人は気にもせず、歩み去っていき、…隼人の少し手前で立ち止まる。
 太陽に輝く白く短い髪が海風になびき、無表情な紅い瞳に…彼の…隼人の姿が映る。
「………ん、」
 隼人は少し安堵した表情で彼女を見つめる。
「何してんのよ!」
 とうとう痺れを切らした千鳥が水を掻き分け、二人の元に駆けより、声を荒げる。
「………」隼人はそんな少女を見つめ、…手に持つビーチボールを少女に差し出した。
「何よ…」ボールを押しつけられたように受け取る千鳥は、怪訝な表情で…隼人を見上げる。
「何よ、それ…」
 千鳥は頬を膨らまして、しばらく見つめ上げていたが、不機嫌そうに二人の前から走り去っていた。
 …そんな彼女の後姿を見つめ、隼人は少しだけ罪悪感を覚えたものの、イスカの不安なそうにも見えてくる…その変化のない表情に優しく手を差し出した。
「………」彼女は隼人を見つめる。
「………」
 少し戸惑いながら、イスカは隼人の手を取ると、彼は微笑んで「いこう…」と、彼女の手を引き、海へと踏み出した。

「よお、帰り〜」
 パラソルの下、クーラーボックスを背に寝そべっていた鶫は、そのしょぼくれた千鳥の姿を見つけると、けらけらと笑いながら、手招きする。
 ビーチボールを両手で抱えた千鳥も、そんな彼女の姿に憤怒にも似た表情で足音荒げるように駆け寄っていく。
「お姉様のうそつき!」千鳥の第一声は鶫の鼓膜を破るかのような怒声であった。
「隼人さん、ぜんぜん遊んでくれなかったわよ!」
 そう言って、鶫のおなかに向けて、ビーチボールを投げ捨てる。
「ちゃちゃ、そりゃえろうすまんかったな」
 茶々を入れるような口調で千鳥をなだめようとする鶫。
 そんな態度に「いっつもじゃない!」と、さらに声荒げて、千鳥は彼女を睨みつける。
「いっつも、鶫姉様は嘘ついてばかりだもの!!」
「そげかいな〜、ちゃちゃ、こうからはぁっがは!」
 千鳥の怒気はらんだ表情を見ても、へらへらした言い方をする鶫に、千鳥は鶫の足を蹴っ飛ばした。
「な、なにすんね…ん、お、おま…」
「ふん」
 のたうつ鶫を横目にクーラーボックスを取り上げると、軽蔑的な一瞥を浴びせて、人込みの中に消えていった。
「お〜、いたぁ〜…」
 一時ひとときのたうち回った後、蹴られた向こう脛を擦りながら、消えていく千鳥を見て、「ごめんのぉ」と呟き、…視線を海に向けた。
 海の小波に揉まれながら、人々が遊んでいた。その中に、二人の姿を…隼人とイスカの姿を見つけ、優しく微笑んだ。
「ちゃちゃ、いい感じじゃないけ」

 


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