=第三章・第十一部=

昼の白い雲より来る日

 

 大広間を後にした隼人は、人の声が小さく聞こえる、離れた縁側に腰を降ろしていた。
 空気が澄んでいるせいか…大きな満月の光で周囲は明るく、…それに負けずと光り輝く星空が、見渡す限りに広がっていた。
 隼人はそんな空を見つめながら、…喧騒で少しばかり荒れた息を整えるように、その星空が瞬く夜の空気を、肺いっぱいに吸いこんでみる。そうすると、想像以上に冷たい空気が入り込み、…得も知れない快感が脳を襲った。
「ほんまに…わが娘が、阿呆しまして、もうしわけない」
 少しばかり、清涼な空気に酔いしれる隼人に、いつの間にか、傍らに腰を下ろしていた鶫の母親が、彼に声をかけてくる。
「ご飯はもうよろかと?」
「え、ええ…」
 正直、食べ物が入るほどの気分でもないので、隼人は呟くように答える。
「ちゃちゃ、あの雰囲気になじめない感じ…かしら?」
 それに対して、母親はただ、にこやかに…なるべく、隼人にも分かりそうな単語を選びながら…言葉を返した。
「隼人さんは、苦手そうじゃけんな…」
 その言葉に隼人は苦笑を漏らし、そして、彼は鶫の母親へ顔を向ける。
「なんぞ、わしの顔についてるけ?」
 自分の顔を見ている隼人の姿に、母親は苦笑交じりの笑顔で、問いただす。
「いえ、…」その言葉に、隼人は目を少しだけ右往左往させてみせるも、…再度、母親の顔を見て、微笑みを返した。
「鶫さん、…にはいろいろと…やられてますけど…」そこまで口に出して、隼人は…空を見あげる。
「それでも、ありがたいかな…と、思えることもいっぱいもらえて…そういう意味では彼女に合えたことは、とても良いことかな?…」
 そう言って、最後に「それでも、やっぱり大変ですけどね」と、付け加えてみせると、母親も「まったくやね」と、そんな言葉を返してくれた。
 それから、言葉なく、空を眺めていた二人だったが、不意に母親が腰を上げる。
「ちゃちゃ、なんぞ後でお腹、空いたなば、言いたってやで。別の場所に用意させてもらいますよって」母親はそう言いながら、腰を叩き、伸びをする。
「そだらば、宴もそろそろ仕舞いやて。片付けてこなな〜」
「僕もしばらくしたら、部屋に戻ります」
 軽く肩を回しながら去っていく母親の姿を見送りながら、隼人はそう言って、再び視線を空に、星空を見つめはじめた。…

  すっと…

 鶫の母親に代わるように…隼人のそばに腰を降ろす者がいた。
 隼人は顔を向けずに、話しかける。
「星がきれいだね…イスカさん」
「………」
 隣に座った者…イスカは…彼の視線の先を追うように…空へと、顔を向ける。
「僕達の町では、こんなに綺麗に見えたことなかったと思うよ…」
「………」その言葉に、彼女は息を吸い、か細い声で…隼人に伝える。
「…夜に空を見ること…初めてだから…」
「…」イスカの言葉に…隼人は視線を降ろす。
「夜は…部屋に閉じ込められ…朝に…学校にでかけるまで…」
 彼女の言葉は…どんどん…か細くなり…そして、途切れた。
 その瞳には困惑が浮かんでるようで…ただただ…不安そうで、その瞳孔からも、光が失せていった…
 すっと、隼人は彼女の頭を撫でる。…その、常に梳いているかのようにサラサラとした髪の感触を感じながら、…ただ優しく、撫でてあげる。
「…」それからしばらくして、手を引き、隼人は彼女に微笑みかける。
「楽しもうよ。ここは自分の家じゃない。ここには君の両親もいない。僕と鶫さんと…君と…」
 隼人の言葉に…イスカは見つめ返すだけ…でも、その瞳には…困惑というものはなくなっていた。
 そのイスカの表情に隼人は再度、微笑む。
「僕はもう少し、星を見てから寝ます。先に床に着いてもいいですよ」
「………」隼人の言葉に対して、イスカは体を彼の肩へ預けるように寄りかける。…

「隼人…」

 ふと、彼女が…彼の名前を口にした。隼人はその言葉を振り向きもせずに聞く。
「あなたの傍にいたい…。あの場所に戻るまで…あなたの傍にいたい」
 続く彼女の言葉に隼人は振り向かずに…失笑に近い笑みを浮かべて…空を見上げ続けていた。

 そんな、時の止まったような時間は…二人の中でゆっくりと過ぎ去っていく。
 このまま、永遠を思わせるように…

 


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