=第四章・第五部=

陽炎う遮光より来る日

 

 雀が鶫の旅館に来て、数日が経った。その間、海にいったり、祭りに行ったり、…隼人達と共に過ごした日々。
 雀にとっては、安らぎと幸せを感じる日々だった。
 ただ、隼人と一緒にいようとしても、そのかたわらには必ず、イスカの姿があった。その事ばかりは、少し残念で、眉をひそめる感じはあった。そんな事を思っていたある日。

  チリリ〜ン

 昨日もまた、宴会じみた騒ぎをしていた居間に涼やかな風が抜けていき…、その風に乗って、風鈴の音が雀の耳に入る。
 雀は、なんとなく音のする方に足を進めた。
「……」
 その先の縁側で、横にスイカを置いて座る隼人の姿があった。
「ん?」背後の存在に気付いたのだろう。隼人が雀の方に振り返る。
「雀さん、どうかした?」
「いえ…」
 雀は、そろそろと隼人に近づき、縁側に出て、周囲を見回した。
「先輩…一人なんですか?」
「あ、ああ」雀の疑問に隼人は軽く苦笑を見せる。
「イスカさんがいない事でしょ。鶫さんと鶫さんの母親と、一緒に…町へ買い物に出ているよ」
 隼人は軽く横にずれて、雀に席を譲る。
「たまには、いいかな」隼人は雀が着席すると、息を抜くように呟いた。
「一緒すぎるのも、たまに気を使うしね。ちょっと、鶫さんに頼んだ形かな」
 隼人の軽いぼやきに「たまにはいいでしょう」と、雀も微笑んで答える。
「雀さん…」ひとしきり、笑った隼人が、雀に問いかけた。
「鶫さん、なにか変な事、言わなかった?」
 隼人の言葉に、雀は小さく口篭もる。
「あの時の…鶫さんと二人っきりの時のことです…よね…」
 その言葉に、隼人はうなずく等しなかったものの、その問いかけに対しては、是正をしているようだった。…少し、彼女は思案し、そして、軽く首を横に振ってみせる。
「先輩が思っているような事は、話されていませんよ。安心してください」
 彼女がそういって、微笑んでみせるものの、未だ隼人は眉をひそめながら見つめ返す。
 その視線を避けるように、雀は隼人を挟んで向こう側にある扇型に切られたスイカの一つを手にとって、塩を振る。
 その行動を見て、隼人は軽く鼻で息を吐き、…自分も、スイカを手にとった。
「…ここに来て」しばらくの静寂の後、雀はスイカを見つめ、微笑みを浮かべながら、呟いた。
「私、楽しいです。こんな風に先輩と一緒にいれるなんて…思いもしなかった」
「…えっ」
 ふと、隼人は雀の言葉に、顔を向ける。それに雀は少しだけ、頬を染めて、言葉を続けた。
「ちょっと、堅苦しかったですから、部長って。そういうの気にしないで、こういう風に楽しめるのって、先輩が声をかけてくれたから、…ですから」
 そう言って、雀は軽く隼人に身を寄せてみせた。
「えっと…、雀さん」
「先輩…、私はこうして、先輩の側にいれるのが…嬉しいです」
 振り向かない…いや、雀の方へ振り向けない隼人に…彼女は少しだけもじもじしながら、顔を上げた。
「…名前…」少し言葉を切り、再び声を押し出す。
「名前で…呼んでも…いいですか…?」

 雀の言葉に、隼人は…少しだけ驚いた表情を見せ、ゆっくりと彼女の顔を見た。
 しばらく、こちらを見つめ続ける彼女を見つめ返しながら、…それから、にっこりと微笑んでみせる。

「もちろん、…そう呼びたいのなら、僕は構わないよ」

 その言葉が本当に嬉しかったのだろう。雀は笑い、そしてゆっくりと…「隼人…さん」と、少し震え声ながら、彼の名前を呼んだ。
「こんな風に…話ができるなんて、私…幸せです」
「…そうかな…いつもと、変わんないような気もするけど…ね………」
 彼女の言葉に少しだけ鼻先を掻き、隼人は平静さを装いながら、少し照れくさそうに言葉を返す。
「…僕も、…」
 しばらくの静寂の後、不意に隼人は口を開く。
「僕も変わるべきかな…こんな自分から…」
「え…」
 隼人の言葉に雀は聞き返すように振り向くと、彼もまた、彼女へ視線を向けていた。
「雀さん、少しお願いをしてもいいかな?」

 


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