=第四章・第八部=

陽炎う遮光より来る日

 

 日めくりカレンダーを破り、幾枚目かの日…。
 霞がかかり、夏の最中でも少しだけ涼やかな感触の朝が訪れた。
 そして、その日は隼人達が、自分達の町、原線路界町へと帰る日であった。

「どうも、お世話になりました」
 隼人が縁側に寝転がる鶫の父親に対して正座をし、頭を下げる。
「………わしはな〜もしてな…したんは、かかやで…な…」
 その隼人の挨拶に父親は振りかえりもせず、背中越しに言葉を返しながら、「なあ、…」と、隼人に問い掛ける。
「もう少し、…ゆっく〜はでけへんのかね…?」
「…」隼人は少しだけ押し黙る。そして、背中を見せ続ける父親には見えないだろうけれど、その首を軽く横に振ってみせた。
「それは、できません。鶫さんも、距離を走りますから…暗くなる前に…あまり疲れない運転の方が…いいですから」
「そやな…そやわな…」
 隼人の答えに相槌を打つものの、その後姿はやはり寂しそうで…溜め息混じりに答える父親。

  プップ〜

 隼人が、鶫の父親へもう一言だけ言おうかと悩んでいる時に、車のクラクションが響いてきた。
「なんや、人さんは挨拶にきとんのに、鶫は挨拶なしかいな」そのクラクションを聞いて、父親は、今度は深く溜め息を洩らしながら、腰を起こす。
「まあ、それがあの娘の優しさじゃけどな…」
 その父親の言葉に隼人は少しばかり眉をひそめながら、二度目のクラクションが鳴らないうちに…と、腰を上げた。

「四島…隼人くん」

 廊下に出ようとした隼人に、父親はかしこまった声をかける。

「二人の事、どうぞよろしにお願いします」

 隼人が振りかえると、父親は正座をしており、頭を深々と下げ、訛りを押さえるように喋った。

  プップ〜ップ〜

 一度、隼人は声を掛けようとするも、二度目のクラクションが鳴り響く。三度目になれば、銃弾爆撃のように鳴らすのが目に見えていた。
「すいません、こんな形になってしまいましたが、本当にありがとうございました」
 言葉の真意が気になるものの、隼人は廊下に出た後、振り返り、頭を下げ、別れの挨拶をする。
 ただ、彼が頭を上げても…父親は、固まったように面を下げたままだった。
 父親の態度を見て、再度、その真意を詳しく聞きたい衝動にかられるものの、それを押しとめて…父親の前から…隼人は姿を消した。

 それでも、父親は…なにか、祈るように…ただ、必死に拝むかのように…
 その場で頭を下げ続けていたのだった。

 


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