=第四章・第九部=

陽炎う遮光より来る日

 

 隼人にとって車の振動は、ただただ心地よかった。…
「なんや、は〜ちゃん、満足げやな〜」
 帰り道、さすがに雀もいる事で、助手席に座る羽目になった隼人に鶫が声をかける。
「たのしかったん?」
 鶫の質問に隼人は笑顔を返した。
「久々に…いろいろと楽しい思いをしましたよ。それに…」
 隼人は言葉を区切り、海を見て、その海に語りかけるように心の中で言葉を続ける。

 思い慕っていた人の事にも…踏ん切りがついたから

「それに…で、なんや〜?」
 少し思いにふける彼にとって、それはちょっとしつこさを感じる言葉だったが、隼人は鶫の言葉に答えるように、彼女へ顔を向けた。
「鶫さんには、いろいろとお世話になったな…と思ってね」
「なんやか、その言い回し…いいようにきこえへんな…〜」
 彼の答えがかんに障ったようで…、鶫は怪訝そうに言葉を返す。それに隼人は苦笑を浮かべて、「どっちの意味でとらえても良いですよ」とだけ返してから、前を見た。…そんな態度をとる隼人に対して、鶫は彼の顔をチラ見しながら、「こっち来てから、おまん、おもっかし意地悪な〜てんな…」と、ブチブチと文句を洩らしつつ、心境を大げさに表すように、大きく溜め息を吐いてみせる。

「…鶫さん」

 ひとしきり、声なく笑っていた隼人が口を開く。
「なんや」
「ありがとうございます」
 彼の言葉はあまりに不意すぎるものだったのか、鶫は「は?」と、間抜けな息を吐いた。その瞬間、少しアクセルを踏みこんでしまったようで、車が若干おかしな動きと甲高いエンジン音をあげてみせる。
「なんや、なんや、いきな〜、な〜ん言い出すかいな…」
「雀さんやイスカさんにも…同じ気持ちです」
 隼人は軽く後ろを向き、後部座席に座る雀とイスカを見た。
「僕にとって、驚きと楽しさの連続でした。知らない事も知れたような気もします」
 そこで彼は息を吐き、気持ちを落ちつかせるため、間を置いて、…言葉を続ける。
「この一週間は、僕の中で忘れられないものになります。ここで覚えた事、教えられた事、そして…救われた事」
 彼はそこまで言って、再び、口をつぐみ、…そして、「ありがとう」と、最後に、そうつづってみせた。
 その言葉に、雀はただ嬉しそうに笑う。イスカは表情を変えたりはしないものの、隼人へ視線を向け続けていた。そんな中、
「…ちゃちゃ〜、…まあ、なんや、寝とけ、なっ?、は〜ちゃん、寝とけやな〜、また少し長くなるやし〜、とりあえず、寝とけ!」
 お礼など言われ慣れていない鶫にとって、彼の言葉はあまりに恥ずかしかったようだ。彼女はただただ、頬を真っ赤に染めて、何度も「寝とけ」を繰り返す。
 隼人もそんな彼女の行動に含み笑いを返しながら、再び視線を前に向けた。

 車は既に町を望めた海岸線を抜けて、山間の道を走っていた。
 目を閉じて、大きく息を吸うと…そこにはもう、潮の香りはなかった。…その事に、隼人に少しだけ寂しさを覚えた。
 そして、息をゆっくりと吐き、…心の中で囁いた。

  「旅は終わったんだ…」

 


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