=第五章・第二部=

=夕日に赤く染まる時より来る日=

 

「てか、鶫と一緒に旅行だって?」
 燕にとっては、かって知ったる隼人の家なので、彼女は部屋に通されてすぐにリビングのソファーに座り、隼人にそう尋ねかけると、彼はキッチンで紅茶を入れる準備をしながら、苦笑をもらした。
「ん、…まあ…ね」彼女の言葉にそんな生返事をしながら、隼人は対面にあるソファーに腰掛け、硝子テーブルに紅茶のカップとポットを広げていく。
「半ば…半分、無理矢理っぽかったけど…面白かったよ」
 そんな隼人の笑顔に、ちょっとだけふてくされた表情になる燕。
「じゃあ、さ…、写真は?」
「ん…?」
「しゃ・し・ん。お土産がないなら、写真くらい見せてくれてもいいじゃない」
 燕の言葉に、隼人は眉を軽くひそめ、首を横に振った。
「…写真も…撮ってないよ」
「はい?」
「写真部じゃなくなったから、撮るつもりもなかったし、撮ろうという気分でもなかったし…色々と思う事もあったけど…ね」
 そう言葉を続ける彼に対して、彼女は少しの間、怪訝な表情を見せていたが…、「本当に?…」という、問いをこぼした。それにただ、彼は申し訳なさそうにうなずいてみせる。
「そう…」
 彼の態度に対して、燕は少し寂しげに視線を落とし、彼の出した紅茶をすする。
 隼人もそれに習い、軽く紅茶を口にした。

「それで…私に何か用があったんでしょう?」
 ここへ呼び出した隼人が本題になかなか切り出せないでいる様に対して、燕は飲みきった紅茶のカップを置き、…助け舟でも出すように問いかける。
「そうだね…」やはり、軽く口篭もる隼人。しばらく目を泳がせていたが、一度だけ首を振り、燕を見た。
「実は…僕じゃ…手に余ることが…起きちゃってね…」
「手に余る事?私じゃないといけない訳?」彼女は自分を指差しながら隼人に聞き返すと、彼が小さくうなずいてみせる。
「それで、私にそれをやらせたい訳なんだ…」
 その言葉にもう一度だけ、隼人はうなずいてみせ、「だめかな?」とだけ、付け加える。
「まあ、私のできる範囲の事なら…」ふう〜っと、息を吐きながら、ソファーに寄りかかる燕は、小さくそう答えてみせる。ただ、隼人に頼られる事がうれしいのだろう。その表情には、笑顔が浮かんでいた。
「ん…、そんな難しい事じゃないよ。ただ、彼女の服を着替えさせてほしいんだ…」
 隼人はそう言いながら、腰を上げ、「彼女は寝室にいるから…」と、さらに言葉を繋げた。
「彼女?」
 彼の言葉に燕は少し眉をひそめた…。その間も、隼人は自分の部屋に足を運ぶ。
「ちょ、ちょっと」隼人においていかれないようにと、燕も立ち上がり、後に続いた。
「彼女って、…誰?」
「…」
 隼人は、最後の燕の聞き返しには応じず、ただ…扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。

  キイィ…

 少しだけ軋む音を立て、開く扉。二人の視線に明かりも灯っていない室内が広がる。
 ただ、薄いカーテンから差し込む月光だけでも、部屋の中はある程度、…見渡せた。
 綺麗に並ぶ本棚、数冊の立てかけたアルバムに未収録の山積みの写真が積もる机、かなり使い古された感じのCDラジカセに床に散らばるCDジャケットと様々な写真集。
 そして、隼人の言う、彼女の眠るベッド…。
「…あいつ…」
 燕は、その彼女の存在を知っていた。彼女とは、一度だけ、会ったことがあった。
 月の光を反射する…透き通るような、その白い髪は忘れる事はできない。
 夏休みに入る前の…自分の誕生日の事で謝ったあの日に…彼女は隼人の側にいた。
「彼女は、宝家イスカさん。僕のクラスメートだよ」
 隼人が眠っているイスカの説明をしていたが、それを耳にしていないのかのように、燕は彼女を見つめ続けている。…そんな彼女の様子に、ただ、彼は小さく溜め息を吐き、言葉を続けた。
「ついさっき、燕さんに電話する一時間前くらいに…僕の家の前で…倒れていたんだ」
「それで…」ようやく、燕は口を開き、隼人の方へ向きかえる。
「私に何をさせたいわけ?」
「う…ん、彼女、着ているものだけで…着替えさせてほしい…と、おもって」
「私でなくても、構わないじゃない!あんたがやってもいいじゃない!」
 強気な言葉にたじろぐ隼人。ただ、それでも首は小さく横に振る。
「できないよ、…そんなこと…」
「…」しばらく、燕は隼人を睨むように見ていた。
「彼女の…両親に連絡を入れたらいいじゃない…他の人間《ひと》でもいいじゃない…私である必要なんか、…っ、ないじゃない!!」
「近くに頼めそうなのは君だったんだ、…それに…イスカさんの連絡先を知らないし」
 そんな質疑応答を交わし、…それでも、睨む燕…だったが、視線をそらしながら、息を吐き捨てた。
「…分かったわよ…分かったわ、もう…私がやればいいんでしょう…」
 態度そのものには肩を落とす隼人だったが、それでも安堵したように息を吐く。
「パジャマは僕のものを使ってもらってもいいよ。そのタンスの下から二番目にあるから、…」
 そう言いながら、隼人自身は部屋の外に出て、「燕さん、本当にごめん…こんな事を頼んで…」と、最後に小さく、彼女に謝って、扉を閉めた。

 …

 イスカと二人きりになった燕は、しばらくの間、ぼうっと立っていたが…、寝息もなくベッドに眠る彼女を見て、「隼人の馬鹿…」と、そう一言だけ呟いた。そして、隼人が言っていたタンスにと、歩を進めるものの、既に…気分の悪さは、最高潮であるかのように…彼女は、ノロノロと、足を運ぶのだった。

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