=第五章・第三部=

=夕日に赤く染まる時より来る日=

 

    ガチャ…
 無言で燕が寝室から出てきたのを見て、隼人は「お茶、準備できてるよ」と、ソファーに進める。それに彼女は少し大きく足音を立てて歩み、ソファーにドカっと座ると、目を座らせたまま、「コーヒー」と、告げた。
「え、あっ、分かったよ」
 紅茶のポットを手に取っていた隼人は、少し戸惑いを見せたものの、キッチンに足を運ぶ。
「ねえ、隼人…」
 …程なく、コーヒーの注がれたカップを持ってきた隼人に、横目で見やる燕が、小さなぼやきまがいの言葉を漏らした。
「あんた、彼女になんかへんな事したんじゃない…」
 いきなりの言葉に、置くタイミングをミスったのか、カップが跳ねて、…コーヒーが軽くこぼれると、テーブルに茶色の水溜りを映しだした。
「え、…」
「だって、彼女、あの薄い上着だけでなにも着てなかったじゃない」
 ジトっと見る燕。だが、もう落ちついたのか、周りに少しこぼれたコーヒーを拭きつつ、隼人はゆっくりと話す。
「別に…僕はなにもしてないよ…僕も驚いたさ。ドアを開けたら、彼女があの格好で倒れていたんだから…それも裸足で…」
「そうね、…あんたが襲うなんて冗談以外、なにものもなさそうだものね…」
 そんなやり取りをしつつもテーブルの上を拭き終え、隼人は燕の向かいのソファーに座り、一口だけ紅茶を口に含んだ。
「怒った?」ちょっと、言い過ぎたか、と…取り繕うように燕が話しかける。
「ねえ、謝るから、機嫌直して、ね?隼人」
「別に怒ってはないよ。あんな格好でおいていたわけだから…」
 隼人は手に持っていた紅茶のカップを置き、落ちつきゆっくりとした口調で彼女の言葉を否定する。
「それで、イスカさんの容態は…どうなのかな?」
「医者じゃないんだから、分かるわけないでしょう。たぶん、寝てるだけよ」
 話題がすぐさま、イスカに向かったことに対して、燕は少し機嫌悪く、残りのコーヒーを一気に飲みきり、トンっと置いて、…ジトッと隼人を見据えた。
「彼女、本当にあれだけで隼人の家の前にいたの…」
「…違うよ。小脇にあそこにある白いワンピースと赤い麦藁帽子…その二つだけを持ってた」
 隼人はそう呟きながら、視線を壁に掛けたワンピースと帽子に向ける。

 それはあの旅行で、隼人がイスカのために買ったもの。
 ただ、それだけを持ち、自分の家の前にいたイスカ。
 連絡先が分からないまでも…警察へ連絡する等、手段はあったのは確かだろう。でも、…

「きっと、何かあったんだと思うんだ。家で…。そして、僕を頼ったんだと思う…」
「…」
 燕も、イスカの上着が汗と雨のシミで汚れ、その足裏も酷く傷ついていた事を思いだす。
「お代わり…」
「はいはい…」
 その思い出した事を押し流すように、コーヒーを隼人に要求する燕。
 そして、注がれるや否や、クッと飲み干して、彼女は空のカップを置いた。
「…」
 しばらく、二人の間に無言が続いていた中、「あっ」と、隼人が声を上げた。
「燕さんなら、鶫さんの家の電話番号、知っているよね?」
「えっ、それは…一応、ね…」
 その突拍子もないタイミングで言う彼に、燕は言葉に窮したような答えを漏らした。
「鶫さんなら、きっと知ってるかな…と思って、それでもイスカさんの家に連絡くらいはいれておいたほうが良いと思うし」
「なんで、鶫なの…」
 何度となく彼の口から出てくる、鶫、という単語にどこか不快感を感じる燕は、そう聞き返した。
「旅行の時、イスカさんを連れてきたのは、鶫さんだったから」
「…彼女も…一緒だったの…」
「えっ、あぁ、…うん」
 再び、彼女は気分を害した声色となった。それに、少し気負いの返事を返す隼人。
「えっと、それで、燕…さん」
「電話帳、貸して。書いたげる…。なんか、また用があった時、便利でしょう」
 ソファーに寄りかかる燕は、小さくか細い声で…その答えを返した。
「そうだね、確かに…。じゃあ、お願いするよ…」
 燕の様子をうかがいながら、言葉少なに立ちあがる隼人。

  ガチャンッ

 隼人が視界に消えてから少しして、燕は目の前の机に拳を叩きこむ。
「なんでよ…なんだよ…それって…」
 唇を噛み締め、そうとだけ、言葉を吐き捨てて…

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