=第五章・第五部=

=夕日に赤く染まる時より来る日=

 

    リーン、リーン、リーン…がちゃっ…
 はい、四島ですが、…あっ、父さん。…うん、大丈夫だよ。ちゃんとこうして電話に出てるから…
 ん?うん、それじゃ、明日帰ってくる…?
 ……うん、期待してるよ。それで、迎えの方だけど、…え、じゃあ、迎えは行かなくて、……うん、そう。分かったよ。
 じゃあ、明日のお昼頃に家に着くんだね。…うん、じゃあ、また明日に…。お休み…


 燕はあれからイスカの事もあり、明かりもつけていない隼人の寝室に引きこんでいた。
 カチャっと、ドアが開き、隼人が入ってくる。薄暗い部屋に光が差し込んできたが、すぐにドアは閉められ…再び、月光だけの暗闇にと、落ちついた。
 ベッドの側に寄り添っていた燕は隼人を確認し、ベッドの上に置かれた目覚し時計を見る。そのデジタル表示は既に12時を過ぎていた。
「こんな時間に…電話?」
「うん、…」燕の質問に、椅子に腰掛けた隼人は小さく頷いてみせる。
「父さんと母さんからの電話。明日、戻ってくるって…お昼過ぎくらいかな…」
「へえ…帰ってくるんだ」寝そべるようにベッドの節にうなだれる燕が心上の空な声でそれに応答し、…それから、隼人の方へ顔を向ける。
「そういえば、隼人の_父さんって…何してたっけ…」
「…大学の、第三学校の考古学教授だよ、…と言っても、だいたい海外に出てる事がほとんどだけどね…」
 少し、自嘲に似た溜め息を見せる隼人に、燕も「そうね」と、笑ってみせる。
「じゃあ、迎えに…?」
「いいって、…馴染みの店に顔を見せてから、帰ってくるそうだから」
「そう、そうなんだ…」自分の質問に答える隼人へ生返事を返す燕は、その視線を、イスカに向けた。
「…あ」
 不意に目を覚ますイスカ。唐突すぎる目覚め方だったので、燕も息を抜くように声を洩らす。
「イスカさん、…」そして、隼人は目覚めた事に安堵感を持ったのか、胸をなでおろしつつ、言葉を繋げる。
「お腹、空いてるんじゃない?お粥、よそってくるよ」
 そう言って、彼は席を立ち、部屋を後にした。

 残された燕とイスカ。
 燕はイスカを少し睨むように見るも、イスカは気にする様子もなく、隼人が出ていったドアを見つめ続けていた。
「…なんで、あなたは…」
 不意に口を開く燕だったが、イスカは気にした様子もなく、…ドアを見つめ続けていた。
「あなたはなんで、隼人の家にきたの…」
「会いたかったから」
 押さえきれぬ怒気をはらめた燕の質問に、即答するイスカ。
 そのイスカの雰囲気が気に入らなかったのだろう、胸元がぐらぐら煮詰まる燕は、次の言葉を吐き捨てた。

「隼人に…近づかないで」

 その燕の言葉の答えはなかった。ただ、そのイスカの視線が扉から燕の方に向けられる。
 赤い瞳が彼女を見据え、言葉ではなく、視線で「なぜ?」と、問いかけているように…
 二人はしばらく、燕は睨み、イスカは無表情に視線を返し、…固まっていた。

  ガチャッ…

「…どうかした?」
 お盆に小さな土鍋を乗せた隼人が再び部屋に訪れた時、燕はベッドから身を離し、…うなだれるように壁に寄りかかっていた。
「…燕さん、…ずいぶんつきあわせたから…、疲れた?」
「…そう、そうね…」隼人の問いかけに、ただただ、だるそうに答え、背を壁につけながら、立ちあがる燕。
「ごめん、少し休ませて…」
「うん、悪かったよ。こんな時間まで、つきあわせて…。父さん達の寝室を使ってよ。もし、何かあったら、呼ぶから」
 隼人の言葉に「えぇ、そうさせてもらうわ…」とだけ答え、すれ違うように扉を閉める燕。
 しばらく、彼はその扉を見つめていたが、何事もなかったかのように、イスカの元へ歩を進め、その手前で腰を下ろし、彼女の顔に視線を向ける。
「体は起こせる?」隼人は微笑み、そう尋ねたが、イスカは平静そうな表情で見返すだけだった。
「起こせれないなら、無理にとは言わないよ…」
 彼女の返事がないことは、彼にとって何の問題もないのだろう。彼は無返答の彼女へ言葉を紡ぎながら、床にお盆を置き、土鍋のふたを開ける。
「とにかく、少しくらいは食べないとね。ゆっくりでもいいから…」
 軽くスプーンで土鍋の中のお粥を回し、一サジ分掬《すく》い上げ、横になるイスカの口元に差し出した。
 それをパクっと咥えるイスカ。隼人はゆっくりとスプーンを引いてやると、軽く口元を動かしだす。
「熱くないかな?」
 心配そうに声をかける隼人に…イスカは喉元を軽く動かした後、小さく首を横に振ってみせ、餌を求める小鳥のように口をぽっかりと開いてみせた。
 その光景に少々苦笑を洩らしながら、隼人は次の一杯を掬い上げ、イスカの口元に運んであげた。
 それを再び、咥えるイスカ。

 そんなやりとりが、二人の間にゆっくりと流れていった。

   カチャン…
 隼人は空になった土鍋にスプーンを降ろし、自分の方を見つめるイスカに視線を戻す。
「おかわりは?」という彼の言葉に、イスカは小さく横に首を振ってみせた。
 とりあえずの一段落に胸を撫で下ろす隼人は、お盆を横に寄せ、イスカの額に手をかざす。
「ん、熱も治まったみたいだね…」
「…」
「本当、驚いたよ。僕の家の前で、君が倒れてるんだもの…」
「…」
 答えが返ってこないことは、十分承知であったが、隼人は、それでも…言葉を紡ぐ。
「…よく、僕の家が分かったね…」
「…」
「でも、なんで、僕の家に…」
「隼人に会いたかった…」
 それは、答えなど返ってこないと思っていた矢先の、いきなりの返事だった。
 一瞬、隼人はその言葉に、驚いた表情を見せてしまったが、ゆっくりと表情を崩し、彼女に笑いかける。
「たしかに…そうだね。僕に会いにきたから、家の前にいたんだよね」
 隼人は質問を思い出しつつ、自分でも馬鹿馬鹿しい質問だったと自嘲した。
「………それで、裸足……いや、…」ふと、次いで、ある質問しようとした隼人は言葉を噤んだ。
「いきなり、色々と聞いても…悪いよね。まだ、疲れているだろう?眠るといいよ。そばにいてあげるから、安心して…」
 イスカの頭を軽く撫で、赤子に諭すようにゆっくりと話しかける彼にイスカは少しうなずいてみせる。それから、彼女は口元を軽く動かして、まぶたを閉じた。
 しばらく、そのまま彼女の頭を撫でてやり、そっと手を引く隼人。

  微かに聞こえた彼女のお礼の言葉に「おやすみ」とだけ、答えてみせて…。

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