=第五章・第九部=

=夕日に赤く染まる時より来る日=

 

 燕の出したお茶にさっそくというべきか、鶫は煽り飲んだ湯呑みを置き、けたけた笑った。
「ちゃちゃ、なんやねん、このお茶。渋味ばっかじゃの〜」
 その横柄ぶりに華鳥がわき腹を肘でつついて、注意を促す様を見せるものの、気にした様子もなく、さらに言葉を続ける鶫。
「それに茶菓子が無いやん、えっらいケチィのお」
「すいません、鶫さん、ちょうどいろいろ切らしてて、前もって来るのが分かってれば…」
 隼人は傍らに立つ燕を横目で見つつ、あからさまな態度を示す鶫に、言葉を濁しながらも弁明してみせた。が、一向に黙る様子もないようで、ニタニタした笑顔を浮かべながら、口を開こうとする。刹那、「…分かったわよ」と、燕が一瞬言葉を吐き捨て、鶫を睨んだ。
「お茶菓子買ってくれば良いんでしょ!」
「つ、燕さん、お、落ちついて…僕が」
「今日は、は〜ちゃんに話があんねんな。悪かけど、燕ちゃん、ちょ〜っと買《か》うたってくれへん?」
 荒れそうになる空気を収めるべく立ちあがり、燕の爆発を止めようとする隼人だったが、その存在を掻き消すかの如く、鶫は声高々に言い、手の平をひらひらさせながら、燕を見る。
「ちょっと、待ってなさい!今、持ってきてあげるわよ!」
 その鶫の言葉に完全な怒髪天に達した燕は怒声でもって吠え、足音荒く、玄関へと歩き出す。それを隼人も慌てて押さえようと玄関の方へ体を向けた。
「つ」バタン「、ばめ…さん」
 しかし、押しとめようとした隼人の声も届かず、勢いよく閉められた扉が部屋じゅうに響き渡り、…そして、静寂が訪れる。出来上がった静寂の中、…何もかもに疲れたような様で、隼人はソファーに腰を落とし、溜め息を吐いてみせながら、声なき声で鶫に今の心情を訴えた。
「まったく…あなたは…」
 華鳥も同じ心境なのだろう。自分の頭を押さえつつ、怒りを込めた声を吐き捨てる。
 …しばらくの無言をきめていた隼人だったが、もう一度、溜め息を吐きつつ、「それで…何を?」と、小さく問いただし、…鶫と華鳥に顔を向けてみせた。
「んまぁ、じゃあ、姉や、後よろしに〜な」
 元凶である鶫はニヒヒヒと笑いながら、手をピラピラと振り、ソファーに深々と座り直してから、隼人を楽しげな表情で見つめ返す。
「はぁ」もちろん、鶫がそう出るであろうと予想つけていた華鳥は、一つ息を吐いて、…改め、隼人の方を見た。
「今、イスカさんはどちらでしょうか?」
「…」彼女の言葉に一瞬、隼人は二人の顔を言葉なく、見比べる。
「向こうの寝室で…眠っています…けど」
 そして、おずおずとそう告げる隼人。特に…いまだニタニタとする鶫の表情に一抹の不安を覚えながら…華鳥の言葉を待った。
「実は…」華鳥もまた、鶫のニヤケを気にはしているものの、…息を整え、そして、こう告げた。

「…イスカをあなたの家にかくまう…しばらく引き取ってもらえないか…という事です」

 その言葉は、あまりに唐突過ぎて、…隼人は、目を見開いて、固まってしまう。
「引き取る?」
「ええ、少なからずの縁を頼るようで申し訳ないのですが、お願いできないでしょうか?」
「え…ええ、ええぇえ?〜っと…」
 いまいち状況が掴めない隼人の慌てる姿に軽い失笑をみせる鶫。
「…鶫、まさかあなた…」その隼人のあまりにも狼狽する様に、華鳥は強張った表情で鶫を見た。
「まさか、あなた…、」
「ちゃちゃ、んにゃ〜まあ、言わんでもええ事じゃったしの」
「…あんたも…愛想あきる真似…してるんじゃないわよ…」
「ちゃちゃ、以後、気をつけるわ」
 先程の言葉で固まり続ける隼人は、二人のやり取りを呆然として、眺めていたが、「…この馬鹿…」と、最後に華鳥はそうとだけ呟き、再度…隼人の方に向き直った。
「隼人さん、まったくもって、不遜な妹を許してください。…確かに、イスカとの関係は身内の事でもあったので…鶫が口にしなかった…のも分かるものですけど…」
 華鳥はただただ、申し訳なさそうに頭を下げる中、これから話し出される内容を聞き逃さないようにと、隼人は言葉をしまいこみ、耳をすませた。
「イスカと私達は…遠縁ではありますが、親戚にあたるのです」
「イスカさんが…鶫さんの親戚?」
「そうです。それでイスカの家庭には、少々…いさかいがありまして…できましたら、しばらくの間だけでも…残りの夏休みの間まででもと…」
「…じゃあ、あの旅行で…イスカさんを連れ出したのは」
 華鳥の話の内容を吟味するようにしばらく黙っていた隼人が口を開き、鶫に問いただすと、彼女は大きくうなずいてみせる。
「まあ、おまんが暇なんは知ってたし、イスカもほぼつれていくつもりやったのは確かじゃが、…良い言い出しネタを練りながら、話とったんじゃわ」
 ケタケタ笑ってみせる鶫に、華鳥は「あきれた…」とだけ、吐き捨てる息と一緒に、そう言い放つ。
 隼人も一瞬だけ、腰を浮かし、ソファーにかけなおす。そして、視線を二人から離し、顔を横に向けてみせた。その視線の先には…イスカが唯一所持していた…白いワンピースと赤い麦藁帽子が、壁のフックにつるされている。
「彼女の事情自体、聞くつもりはありません。…ただ、どういう思いでここまで来たのかを考えれば…」
 …彼は、言葉少な目に語りながら見つめ、…少しだけ押し黙り…、それから、視線を二人に戻し、口を開いてみせる。
「無碍に断るわけにも…いきませんよね」
「じゃあ、万全O.K.やな。は〜ちゃん」
 まるでナゾかけの解けたような開放感あふれる表情の鶫の言葉だったが、ただ、それに軽く目を伏せる隼人。そして、彼は「そうもいきません…」と、一度だけ首を横に振ってみせた。
「なしてやな!おまん、今、親もおらんいうやないかい?なしてやん?」
「それは、今日、隼人の両親が帰ってくるからよ」
 思いもしなかった隼人の答えに、ニヘラとした表情が固まる鶫。それに口篭もり気味の隼人を救うように…いつ戻ってきたのか、お盆を持った燕が彼の横に現れた。
 その驚きの表情の鶫に、燕は少し勝ち誇ったような笑顔を見せつつ、「家のから、少し貰ってきたわ」と言い、茶菓子のモナカとお茶を華鳥と鶫の前へ置いた。
「おあいにく様だったわね。鶫。あんたの計画通りにいかなくて」
「ほら、言ったじゃない…鶫。なにが大丈夫なものですか…。本当、計画性も無いんだから…」
 燕と華鳥の二段攻撃に…ちょっと気圧されて、シュンとする鶫の姿に、隼人は、悪いとは思いつつ、苦笑をのぞかせた。
 その後、華鳥は一息いれて、再度改まって、隼人の方にと向き直ってみせる。
「もちろん、そちらのご両親のご了解を確認するつもりでしたし…それで、いつ頃にお帰りなさるのかしら?」
「えっと…、少し用事を済ませてから、帰宅すると言って…」「わっギャはあああああ!!」「…たの、で…」
 華鳥の質問に隼人が答えている最中、突如、鶫の絶叫で言葉の腰を折られてしまう。
 何事かと思い、隼人も華鳥と共に鶫を見た。
「辛口の口にはぴったりの和菓子でしょ〜。鶫さん」
 口元を押さえのた打ち回る鶫とさらに勝ち誇ったように笑う燕のシュールな光景が二人の目に飛び込んできた。
「和菓子…?」
 隼人は、燕の言葉に…その視線をのたうつ鶫の回りにと向ける。
 すると、ガラステーブルの上に鶫が口にいれたであろう…歯形に抜けたモナカが転がっていた。
「…」ただ、その中身は餡子ではなく、鮮やかな黄緑色…。
「ワサビ…?」
 手に取る訳にもいかないので、確認はできないが、…ツンとした香りがかすかに感じたような気もした。
 そして、しばらくもんどりうってた鶫も…あまり良い意味ではない静まり方を見せたので、さすがにこのままにするわけにもいかないと、隼人は水を取りにキッチンに向かった。
 ただ、水を汲みながら「まあ、自業自得かな…」とだけ、誰にも聞こえないように、ポツリと呟いてみせたのだった。

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