=第五章・第十一部=

=夕日に赤く染まる時より来る日=

 

  …
 玄関のチャイム音。
  …
 どやどやと騒がしく、大笑と共に「帰ったぞ」という男の声。
  …
 幸せそうな談笑。
  …

 いつのまにか、眠りについていたイスカ。…そんな騒がしさに目を覚ました。
 彼女はふっと、時計に目を向けるが、たいして気にしてはいないようで、すぐに視線を天井にと向けた。

 その耳に、扉の向こうから聞こえてくる、談笑が響く。
 …彼女はゆっくりと視線を扉に向けた。
 閉じたままの扉。…それが、彼女の心を…騒がした。
 ベッドの上で身じろぎ、ビクンッと止まる、彼女の瞳が、毛布に隠れた足を見つめた。
 上半身を軽く浮かした彼女だったが、ヒリヒリと痛む感触に…ボフンッと横に倒れ、…うなだれる。
 …扉の向こうより先の声、そして…部屋に響く時計の音。
 彼女の視線が、扉に…集中する。ただ、念じるように…扉を見つめ続けた。
 そして、彼女は唇を小さく開く。息遣いとは違う、何かに語りかけるように…。か細く…か細く…
 それで…何かが変わるわけが無い。その事は彼女も分かってはいた。
 …
 再び、彼女は起き上がろうと、試みる。
 …痛む足をなんとか引き出し、ベッドの縁に腰下ろすように、足を下ろした。
 温かい布団に隠れていた足先に空気が直に触れ、痛みが一瞬高まる。
 普段は無表情の彼女でも、唇を噛み、眉を歪め、…視線を自分の足先に向けた。
 …
 少しほどけ崩れた包帯の隙間から、真っ赤に張れ、さらに切り傷、擦り傷がいたる所についた彼女の足が、そこにあった。
 それでも、…立ちあがろうと試みるイスカ。…だったが、踏みしめる所か、床に体重をかけるだけでも…目をつぶってしまった。
 立つことを諦めた彼女はまた、扉を見つめる。…変わらない光景、変わらない人の声。
 …
 願うように…イスカは小さく呟いた。…言葉として、出ないけれど…彼女の思いのこもった呟きが…彼女の口からこぼれ出る。
 …
 開かない扉…。変わらない空間、…それが…彼女に…ゆっくりと忍び寄る。

「………」

 喉奥でこもる声を…しぼるように、…ただ、しぼり出すように…彼女は、呟きを連呼し始める。
「…」「…」「…」 「…」「…」「…」 「…」「…」「と」
 言葉が一瞬、漏れ出た。その言葉に、彼女は息を潜め、胸元に手を置いた。
「…」「…」「と」
 彼女は、胸元に手を添えたまま、…言葉を続ける。それはまるで、自分に言い聞かせるように。
「…」「や」「と」
 しだいに、彼女の口が開き、言葉は徐々に大きくはっきりとしてくる。
「…」「や」「と」
 その自分の言葉を耳にしているうち、彼女の表情に変化が訪れた。
「は」「や」「と」
 そして、彼女は…喉奥にこめていた言葉を全て、耳奥で受けとめた。瞬間、彼女の目尻に何かが込みあがり…

 頬を流れ落ちる何かを感じた…時、

 ゆっくりと、目の前の扉が、開いたのだった。

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