=第六章・第一部=

月食われた闇の時より来る日

 

 隼人の家に彼の両親が帰ってきてから、二時間と数分が立った…私立原線路界第二学校の総合保健室での事だった。

「…」神妙な面持ちで九白智恵美が、ある一室から出てくる。
「九白次長、…隼人は」
 その一室の前に座る数名の一人、隼人の父親である、鷹夫が腰を上げて、彼女に話しかける。
 彼の言葉に、彼女は顔を向けるものの…口つぐんで、目の前に座る人達を見まわした。
 鷹夫の右隣に隼人の母親である美鳳、そして燕が…、彼の左隣に呆然とするイスカを支えるように肩を持つ鶫と…智恵美を見つめる華鳥が…座っていた。
「隼人の容態は…どうでしょうか…」
「まずは、少し落ち着きなさい…。この場で貴方が騒ぎ立ててもどうにもならないのよ」
 今にも掴みかかりそうな父親の形相に、智恵美は落ち着きなさいとたしなめ、それから一歩下がり、息を整え、…そして、現状をゆっくりと話し出した。
「今、隼人君を集中治療処置にいれた所よ」智恵美の言葉に…一同が息をひそめる。
「…本来なら、理事長がいなくなった時点で、もう使うつもりも無かったのだけども、…こんな形で使う事になるなんて…」
 頭を押さえ、嘆くように呟いて…それから、視線を鷹夫に向ける。
「鷹夫教授、…あなたの息子の症状は、今までに例の無いものです」
「それは?」
「植物状態…ではあるのだけれども、その血中に…不可思議なモノが見つかったのよ」
 そう言って、ポケットに入れていた採血管を取り出してみせる。
「この血には、…強力な抗体物質とも言えるものが含まれているのよ」その採血管を見つめながら、言葉を続ける智恵美。
「あらゆる人体に害すると思われる物質、…それは細菌、ウィルスでさえ、死滅させれる…抗体物質」
 智恵美の言葉に、鷹夫は「抗体物質?」と、眉をひそめた。
「ただ、あまりに強力なせいで…なんていうのかしら…生命活動に必要な情報…そう…体内を駆け巡る身体を動かすための信号を遮断するように…阻害してしまっているのよ」
「つまり、それが体を…細胞を壊してるんですか?」
「違うのよ、そういう事じゃないわ。証拠に…彼の体には、なんの障害も起きていない。むしろ…常人と変わらないほどにね」
 憎むように…智恵美は採血管を見つめる。
「意味がわからない…私の生きていた中でも…こんな事、はじめてよ」
 そう言いながらも、智恵美は…イスカと鶫に視線を向ける。
「そうね、でも…あなた達、二人…。いえ、犬神さんならば、本当の事、知っているんじゃなくて…?」
 その言葉にイスカを支える鶫は、ゆっくりと智恵美の方を見た。
「あなたは、イスカさんを隼人君の家に住まわそうとしたそうね。それは、違わない?」
「そう…です」
「あなたは、イスカさんとは、遠縁の親戚と言っていたけれど、違うんじゃない?」彼女の言葉に鶫は目をむき、その智恵美の少し冷たさを感じる表情を見つめた。
「あなたの態度はどうみても、親戚のそれじゃないわ…。あなた、何か…隠してるんじゃなくて?」
「………」
 智恵美の言葉に鶫は押し黙り、…そして、面を下ろし、口をつぐみ続けていた。
「鶫…。少し、空気に当たってくるといいわ…イスカさんと一緒にね」ふと、華鳥が鶫に話しかける。
「いいのよ、気にしなくて良いのよ…。私が上手く話してあげるから、気にしないで…いいのよ」
 何か悩む彼女へ、華鳥は肩に手を起き、ゆっくりと話しかける。
ねぇ…私、」
 それでも、何か言おうとする鶫に、華鳥は首を小さく振り、押し留める。
「とにかく、イスカの気持ちを落ちつかせない事には、話にならないのよ。分かるでしょ…」
 華鳥はそう言い、…鶫の言葉を待った。
「そんなの、納得できない…」不意に、鶫と華鳥の中に燕が口を挟む。
「私は、…鶫、…あんたから、聞きたい」
 睨みつつ、立ちあがり、鶫と華鳥、そしてイスカの前に歩み寄る燕。
「鶫は、イスカが何者かを知っていたんでしょう。だから、隼人を使って、…」
「…違う…」
「違わない!現にあなたは、その得体の知れない女を隼人に押し付けてきた!!隼人の家に住まわせようとした!!」
 一瞬、イスカが体を震わす。そして、…弾かれたように…鶫を振り払い、駆け出した。
「イスカ!!」
 いきなりのイスカの行動に、鶫が追いかける。それに、「逃がさない!!」と、燕が走り出した。
「待ちなさい!!燕さん」
 ただ、それを智恵美が燕の腕を取り、二人を追いかけるのを押しとどめた。
「先生…!!」
「…いただけないわね…」
 燕が智恵美を睨みながらののしるような口調で吐き捨てるのに対して、智恵美はポツリと呟き、首を横に振った。
「確かに、犬神さんとイスカさんの関係を考えれば、あなたには納得できない何かがあったんでしょうけど…今は、二人だけにしてあげなさい」
 彼女の言葉に燕は軽く嘆くようにうつむき、…それからその憎悪もたたえた視線だけを華鳥の方へと向ける。次いで、智恵美も面を華鳥に向け、彼女へと話しかけた。
「華鳥さん、本当の事を話していただけますね。それによって、隼人君を助けられるかもしれないのでしょう」
 その言葉への返事として、華鳥が小さくうなずいてくれた事に、智恵美は眼差しは凛とさせながらも、口元を緩める。
「私は、医者としてではなく、これ以上、私の娘を悲しませるような事はしたくないの。…娘の友であった人の大切にしていた存在を…私は是が非でも守らなければならないの」
「私も同じです。…鶫を再び、殻に閉じ込めない為にも、隼人さんには、元気になってもらわなければなりません」
 智恵美の言葉に華鳥もまた、表情を固め、答えた。そして、…隼人の両親の表情を確認するように見渡し、「それでは、私達…いえ、宝家という存在の説明から、した方がよろしいでしょうか?」と、切り出したのだった。

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