=第六章・第二部= =月食われた闇の時より来る日= |
| 「宝家という名前は、大学である原線路界第三学校に籍を置く皆様には、聞き覚えがあるのではないでしょうか?」 「宝家…」 静かな廊下に響く華鳥の言葉に、鷹夫が思い巡らすように頭を垂れ、「宝家教授の事ですか?」と、呟いてみせる。 「…そうね、宝家イスカさんのご両親は、宝家教授とその妻も助教授として、学園に在籍してるわね」鷹夫の言葉へ、智恵美が補足するように言葉を重ねた。 「所属は、私の 「麻酔…新薬」美鳳が、智恵美の言葉を反芻し、華鳥を見た。 華鳥は軽く押し黙り、四人を、とりわけ智恵美を見つめ、…口をつぐみ、待っていた。 「研究項目は、人体の痛覚と損傷欠陥を補う薬剤だったからしら?面白い論文ではあったけど」華鳥の視線に、自分の知る情報を洩らす智恵美は、眉をひそめた。 「その項目の数点には、 「芳しくないもの…ですか?」 美鳳がその言葉を反芻すると、智恵美がうなずいてみせる。 「あらゆる外来用種によって疾患を持ったとしても、瞬時に回復を行う薬剤の考察…」 そこまで言って、智恵美はハッとしたように、華鳥を見た。 「そうです…」華鳥が小さく口を開いた。 「イスカは、宝家教授達の、その薬剤の人体実験体だという事です」 「…そんな、あの娘がそうというのですか?」 華鳥の言葉に美鳳が立ち上がり、声高に問いただす。それを華鳥は小さくうなずいてみせ、口を開いた。 「イスカの出産は家で行い、その日から彼女へ投与を開始しました。まずは微量に…」 … 身体副作用の出ない範囲での投与を続けられたイスカの体には、それを抗体とした体へと作りかえられていきました。 彼女の体、そのものが宝家教授の考え出した薬剤となったのです。 その血ばかりか、染み出る汗にさえ、薬剤成分を持ち、…効果は絶大なものでした。 彼女は生まれてから、病気一つなく過ごしてきました。 ただ、死に至るほどの副作用は起きなかったものの、…彼女自身、自分の変異には気付いていたでしょう。 そもそも、その 赤い目に白い髪、あまりにも目に付き、幼い頃から虐めと薬剤による精神的な障害もあり、今に至ります。 そして、今のイスカが誕生したのです。 … 華鳥の話に閉口していた四人だったが、不意に智恵美が華鳥を睨んだ。 「つまり、彼女の体には、強力な麻薬物質が仕込まれていた、そして、隼人君は彼女と、…キスなり何なりをして、ああなった…。そういう訳ね…」 眉が歪み、声震える智恵美に華鳥は、小さくうなずいてみせる。 「もちろん、隼人君にそんな甲斐性はないわね。…あるわけがない。彼は、私の知る中でも悲しい思いをしているもの。自分の快楽のみで女性を 「…鶫もそう言っていました。成分が汗にまで出ていても、揮発性が高く、微量なため、直接的な摂取をしない限り、薬害は発症しません。だから、隼人さんならば、…イスカを救えると…イスカを大切にしてくれると…」 「救える!?」華鳥の言葉に智恵美が吠えた。 「隼人に何を求めすぎたの!!今の彼はまだ、自分自身でさえ、大変なのよ」 「!!あれから、…あれから!!、五年以上の月日が経つのに、彼はまだ、絵里奈の事を思い留めてる。交通事故でいなくなった彼女の事を!!姉と慕っていた彼女を!!」 そして、興奮に肩 「隼人君は、決して人を痛めつけない。けれど、優しさからじゃない。彼は、自身も傷ついてるから、…」 智恵美は面を上げ、華鳥を見る。 「きっと、鶫さんもイスカさんも…同じような存在だったから、…隼人君は、同属として、 智恵美の思いに…ただただ、華鳥は、小さく縮みこみ、…面を下げるだけだった。 「でもね」そんな彼女へ智恵美は、最後の言葉を紡ぎだした。 「隼人君は、それを知ってても、きっと受け入れてたでしょう。隼人君は、そういう子だもの」 「九白次長…」鷹夫が小さく、言葉を漏らす。 「すいませんでした。私達の…不手際で」 「子供を差し置いて、研究に没頭するのも、…程々になさいね…」 彼の言葉に、息を吐いて平静さを取り戻しながらも、智恵美はこめかみを押さえ、…華鳥に問い直した。 「治療法は、あるのかしら…。あなたの口ぶりから言って、この件は、初めてのケースじゃないって事が見てとれるわ。…そうなんじゃない?」 「…」 華鳥は言葉なくうつむいていたが、…面を上げる。 「まあ、そこまでにしておこうか」 華鳥が喋ろうとした瞬間に、不意に廊下に響く声。その声は、この場に残る者の誰の声でもない。 低く…それでいてすんだ男性の声色だった。 |