=第六章・第四部=

月食われた闇の時より来る日

 

  …

 鶫とイスカの元に降り注ぐ雨が止む。もちろん、雨はまだ降っていた。
「あなた、誰?」
 女性がいぶかしげに言葉を漏らし、そして、鶫は面を上げた。
 …白い傘が鶫とイスカの上にかざしてあった。
 …傘をかざすその人を見た鶫は、「雀さん…」とだけ、小さく呟いてみせた。
「大丈夫ですか…鶫さん、さあ、立ってください」
「雀さん、なんで…」
 鶫の言葉に雀はやさしく微笑んでみせる。
「今日、部活の仲間で集まって、旅行の写真の品評会があったんです…通りがかったら…」
「何?部外者?どっかにいってもらえないかしら?大事な話の途中よ」
 優しい口調で鶫に答える雀の言葉を、ただ面倒くさいとばかりに、女性が口を挟み、手で払う仕草をしてみせる。
「…」
「雀さんには、迷惑をかけない。大丈夫だから、部活にいって」
 女性の言葉に雀は眉をひそめ、それから、鶫を見る。その鶫は、…言葉短く、ただただ微笑んでみせた。
「…」一時、口をつぐんでいた雀は、鶫の手を取る。
「…防波堤の時の話、覚えていますか?」
「雀さん」
「もしかしたら、隼人さんに取り返しのつかない事態を…及ぼしてしまうかもしれない。あなたはそう言いましたね」雀の言葉に鶫はうつむく。イスカもまた、少し驚いた表情で鶫を見た。
「そして、それが起こってしまった…そうですね?」
 雀が子供に問いただすように優しく語りかける中、鶫は視線を逸らしたまま、小さく首を縦に振ってみせる。
「分かりました」彼女の行動に雀はうなずき、女性を見た。
「いきなり、現れて申し訳ありませんでした。わたくしは八頭雀と申します。鶫さんとイスカさんとは、」「自己紹介はいいわ…どいてくださる?邪魔なのよ」「………」
 面向かい、話し出した雀の言葉の腰を再び折る女性。その言葉の節々には、怒気が含まれていた。
「どきません」それに対して、雀は澄んでいながらも力強く答えてみせる。
「あなたが、二人の母親である事は、先ほどの会話で分かっていますが、どきません」
「雀さん」
「もし、隼人さんがこの場にいたならば、そうしています」
 少しあわてたように鶫が声を上げるも、隼人の名前に口を結んだ。
「何よ?部外者でしょ…?家族の問題に口出し?お呼びじゃないのよ」
 ズカズカと歩み、背の低い雀の胸倉をつかむ女性。
「どいてちょうだい…邪魔よ」
「…」
 ただ、無言でそれに抵抗する雀。
  バシャン!
 そんな雀を、女性は、傍らの草むらに突き飛ばしたのだった。
「雀さん!」
 鶫の悲鳴が飛び、…そして、女性を睨み付ける。
「…んっ」
 そんな二人の間に…大の字に手を広げた雀が再び、二人の間に割って入った。
「…あなたは」雀は震えながらも、搾り出すように、ただ、搾り出すように言葉を紡ぎだす。
「あなたには、二人の…姿が…見えないのですか…?」
「はん?」
「…、泣いているんですよ…。鶫さんもイスカさんも…泣いてるんですよ」
「…それが?何だっていうの?うるさいわね」
「心が痛まないんですか…御自分の子供が泣いているのに、何も思わないんですか!!」
「…邪魔よ」パンっと、女性の平手が雀の頬に飛ぶ。
「これ以上、研究の遅れを出したくないのよ…どいて」
「どきません!」少し赤くなった頬を…痛みを感じる部分を放っておきながら、涙を浮かべ、腕を広げたままの雀は吼える。
「あなたみたいな人に、私の大切な人が守っている方々を、お渡しする訳にはまいりません!!…だから!!、どきません!!」
「…この、クソガキ…」
 温厚に進めようとしていたのだろう女性…その顔がゆがみ、そして、その手のひらを握った。
  ボグゥッ…
 その拳が、女性に一度ぶたれた頬にめり込む。そして、雀の体が、ゆっくりと大きく傾ぎ、…後ろにと、倒れこみだした。
「雀さん!!」
 目の前で起こった光景に鶫は青ざめ、そして、倒れこむ雀の体を後ろから抱えこみ、その顔を覗き込む。
「部外者がでしゃばるのは、やめてほしいわね…さあ、気が済んだ?二人とも…」
 そんな二人に唾を吐き捨てるしぐさをみせつつ、雨が滴る髪をたくし上げながら、女性は三人を見下すように見た。
「さあ、帰るわよ。イスカ…」
「…駄目です。イスカさん…」
 失意の表情のイスカが、女性の指示に従いそうになるそれを…鶫に抱えられ頬を押さえながらも、雀は、今もてる全ての思いを伝えるように、イスカにと言葉を投げかけた。
「隼人さんに、二度と会えなくなります。そして、あなたが消えてしまえば…隼人さんも悲しみます…だから、いかないでください」
 首を横に振り、雀は瞳に涙をため、…イスカに訴える。…
「小娘…」三人ににじり寄る女性。
「悲観ごっこはそこまでにしなさいな…大人の仕事を邪魔するなんてね、あんたも出来が悪そうね」
 ただ、軽蔑の眼差しを見せ、…鶫の影に寄り添うイスカの腕を取りに行こうと、腕を伸ばした。

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