=第六章・第六部= =月食われた闇の時より来る日= |
| 「ん…」少し腫れた頬にシップ薬を塗られて、ガーゼを張る智恵美の仕草に雀は息を漏らした。 「テープ、引っ張りすぎたかしら?…大丈夫?」 「はい…、私は大丈夫です。でも、鶫…さんは…?」 苦笑を浮かべる智恵美に、雀は少しだけ気にしたようにその頬へ指先を添えながら、隣にうつむいて座る鶫を見た。 「あなた以上じゃないわよ」その言葉に智恵美は、あまりにも他人に気をかける彼女の様に失笑まじりの溜め息を吐いてみせる。 「というか、雀さんはグーでも殴られたのよ…あざにならないか、心配だわ」 智恵美の失笑に対して、雀の「でも…」という言葉。それは、智恵美に呆れまじりの「大丈夫大丈夫」という事を言わせてしまい、さらに苦笑を漏らさせてしまう結果となった。それも、ほどなくして終り、静寂が、保険室にと訪れる…。 「…ごめんなさい」不意に…始終うつむいていた鶫が震える声で詫びる言葉を漏らした。 「私達のせいで…雀さんにまで…私…」 嗚咽をこらえながらも言葉を漏らす鶫。その両手は、手の平の皮を破らん限りに握り締められていた。そんな今にも壊れてしまいそうなほど弱々しい鶫の姿に、雀はその手に触れ、…首を横に振ってみせる。 「私は、力及ばないながらも、…少しでも守れていた…と、思っています」 そう言いながら、傍らに立つイスカにも視線を向けた。 「お二人がこうやって、残っていてくれた…私達の前に残っていてくれたことが…一番の幸せです」 それに智恵美もうなずいてみせた。それから、「さあ、雀さん。あなたは、隼人君のほうに行きなさい。…お願いね」と言い、雀を見つめて、微笑んでみせる。 「九白先生、…」 ただ、それでも、二人の事が気にかかるのだろう。そんな仕草をみせる雀に、智恵美は、一度だけ、首を縦にゆっくりと振ってみせた。 「今時点で、あなた以上に…隼人君の過去を大切にしてくれる人はいないでしょう…」 智恵美はそこまで言ってから軽く口を止め、…神妙に言葉をつむぎだした。 「今、彼がどんな状況でも…傍らで見守ってあげて、…わめきたてず、…お願いね」 「…はい」雀は、その言葉に大きくうなずき、それから、鶫とイスカにも一礼をし、席を立った。 そして、一度、ドアの前で三人に向き直ると、「失礼します」と再度一礼をしてみせてから、彼女はカララっと戸を開き、…パシャンっと閉めたのだった。 「さて、…鶫さんとイスカさん…」雀の足音が聞こえなくなってから、…智恵美が口を開く。 「残念だけども、あなたたちの体質はもう戻らない」 それに対して、鶫は小さくうなずいてみせる。 「浸透しすぎた薬物は、私達の体質を変貌させ、…自分自身で麻薬を生成する細胞を作ってしまっている…のですよね」 その鶫の言葉に智恵美は言葉なく、彼女の手を取り、…二人の顔を見比べるように見て、一呼吸をおきながら、鶫の顔を見つめた。 「あなた達の両親の計画は、いかに中毒性の高い麻薬を秘密裏に開発するかをテーマにしていたようです。そして、その結果にいたったのが、あなた達の存在」 「分かっています…人体自身から…その血肉自体で麻薬が作り出せれるようにすれば、…持ち運びの危険性も手間もなくなる…そういう事ですよね?」 智恵美の質問に澱みなく答える鶫。それに…智恵美は小さくうなずいてみせたのだった。… 「ごめんなさい…まさか、このような事態を防げなかったのは、大学側の甘さでした」 「…」その握る手に力をいれる智恵美の言葉に、ただただ、鶫は首を横に振ってみせた。 「もし、この原線路界町に着ていなければ…私達は、救われないまま、…モルモットのように永遠と生き続けていたのかもしれません。…だから、先生が謝ることもありません。むしろ、私達二人とも…救っていただいたことに、感謝しています」 鶫は小さく微笑みを返したが、その表情はすぐに曇り、大きく顔を垂らしてしまう。 「私は、 「その人と接触してしまったのね…華鳥さんから聞いています…」 「私達の作り出す麻薬は、強力な中毒性と副作用があります。…私は、…当時、自分の体質を知らなかったとはいえ、彼をそんな状態にいたらせてしまった。だから、私は…彼のそばにいる資格がないと思って、…」 「…遠縁の犬神家の 「紫嶋は…その数週間後に、薬物から来る幻覚で…身投げしてしまいました。集中治療に移るための…棟移動の際にです」 「体内に入った麻薬物質のために麻酔も効かない状況じゃ…拘束しかなかったんでしょうけど、…拘束が甘かったのかしら…」 「いえ、その時点で…紫嶋の存在を探し出していたようです。ですから…自分達の研究室に持ち込むという名目で…」 「そう…」 「その事を聞き、私は一年間、犬神家に住み、体を焼き、訛りをつけて……この町に戻ってきました」 そこで鶫は視線をイスカに向ける。それに対して、…智恵美が口を開いた。 「妹である、イスカさんを救うために?」 「あの二人に気づかれる危険性はあります。でも、…私と同じ事を…イスカにはさせたくはなかった…」 「そのために協力する人もほしかった…そして、そのお眼鏡に…隼人君がいたのね」 「…もちろん、…もちろん、紫嶋の二の舞にはさせないように…努力しました。…でも、…」 鶫は唇を噛み、押し黙る。 「ごめんなさい、…私、馬鹿です…馬鹿ですよね…私も…イスカを…人間扱いしてなかった」 その言葉にイスカが鶫を見る。 「いつも、薬の影響と…幼い頃の傷で…心失ったように…うつろに生活してるって…それだから、…隼人が手を出さなければ…安全だって…そんな事…考え…て…」 鶫の嗚咽が続く…。にじみ出る苦しみに胸元を押さえ、嗚咽が続く。 「分かってた事じゃない。私もおんなじだったのよ。なのに…私、…は!…私…は!!」 |