=第六章・第七部=

月食われた闇の時より来る日

 

「隼人君は、…気づいてた?」鶫が自分を攻め立てようとした瞬間、不意に智恵美が口を挟む。
「隼人君は、その事に、少しでも気づいていたのでしょう…違うかしら?」
 それに対して、鶫は何も答えない。もちろん、イスカもうつむいたまま、答えない。
「隼人君も過去に…とても大切な人を失ってるの…交通事故で…でも、幼かった彼は…原因も分かっていない…いなくなったのを気づいたのも…葬式を行って、初めて知った…だから、…あの子は…人にやさしくなれた」
 その話に鶫は面を上げる。
「あの子の優しさはね、自分を守るための優しさ、そして、自分の思いと同じ事を他人には合わせたくないという思い」
「九白先生」
「だから、きっと、あなたの弱さやイスカさんの寂しさを感じ取って、やさしさを提供していたのよ」
 智恵美は言葉を切り、二人を見ながら、ニコリと笑ってみせる。
「たぶん、事態は予想外だったでしょうけど、目を覚ましたら、…彼は笑ってくれるわよ。今までどおりに…」
 けれど、鶫はうつむき、智恵美の手に包まれた手の平を握り締め、首を横に振った。
「私は、会えません…、私は、彼に…とても酷い事をしてしまった…」
「いいえ、鶫さん」それでも否定する言葉を続けようとする鶫…けれど、智恵美は口調強くして、それを遮った。
「あなたのした事を隼人君は、許すでしょう…現に、あなたは許されている」
「九白…先生…」
「あなたは、イスカさんを…隼人君に任せようとした時、彼は笑っていませんでしたか。あなたの事を詮索する事無く、受け入れてはくれませんでしたか?隼人君は、そういう子なんですよ。昔から、変わらない…そういう子なんですよ」
 そう言いながら、包み込む鶫の手をさらに強く握りしめ、そして…智恵美はやさしく微笑んでみせた。
「鶫さん、あなたがしなければならない事は、隼人君の元を去ることではありませんし、その頭を下げて、謝る事でもありません。共に歩む事です。彼を本当に悲しませたくないと、つらい目にあわせたくないと思うのならば、今まで通り、共に、笑い、泣き、育み、…イスカの手を引いて、歩んでいくのです。隼人君だけじゃない、皆と一緒に…」
 そこまで言って、智恵美はイスカに視線を向けた。
「あなたもですよ。イスカさん」
「私も…」
「そうよ、あなたもですよ。あなたもまた、鶫と共に歩んでいくのです。その蝕んだ体はもう…直りはしないけれど、…あなたも生きていくのです。決して、命を投げてはなりません。あなたが惑い、道を見失ったら、共に歩む者に寄り添いなさい。そうすれば、再び、道を見つけだせる。人との繋がりとは、そういうものです」
 智恵美の言葉に…イスカは涙を浮かべる。
「隼人の傍に…私はいてもいいのですか…?」
 イスカの言葉。それに、智恵美は彼女の顔を見つめながら、大きくうなずいてみせた。
 静まり返っていた保健室の中、…不意に、鶫が(むせ)び泣きはじめる。「ごめんなさい、…ごめんなさい」と、

 そして、涙溢れる瞳を上げ、智恵美の顔を見た鶫は、その言葉の最後にこう付け加えたのだった。

  「ありがとう…」と、…

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