=第六章・第八部= =月食われた闇の時より来る日= |
| あれから、落ち着いた鶫とイスカを連れて、智恵美は隼人の病室にと向かった。 パンッと、廊下に平手打つ音が響き、鶫の体が揺らぐ。 そして、その行為を彼の病室の前で目の当たりにした智恵美が「燕さん、何を!!」と、叱責した。 「…こいつは、隼人を困らせたからよ…」 叩かれた鶫は、頬を押さえ、うなだれる。…分かっているという表情で…自分を蔑むように見る燕から視線をはずした。 「死ねって言ったら、死んでくれそうな表情ね…鶫…」 「ごめん…なさい…」 「あなたに関わらなければ、良かった…と、心底思ってるわ…今は…」 「…燕…私は…」 「喋らないでよ。 一歩近寄ろうとする鶫に燕は手の平を突き出し、動きを制した。 「あなたが転校生として、ここに着てから?席が隣だったから?…それだけ?…それだけの存在で、私から隼人を奪おうとしたのね…。気分が悪い…」 燕はただ、怨恨で染めたような形相で鶫を睨みつけてから、そして、イスカへと視線を代える。 「そいつも気味が悪かったものね…。そいつが関わらなければ、私の隼人はこうはならなかった!!」 「いい加減になさい!」まだ言い足りないとばかりに口を開きかけた燕を智恵美が一喝する。 「燕さん、今日はもう帰りなさい。…今のあなたの状態では、話になりません。そんな状態で、隼人君の傍にいれば、彼に悪い影響を与えてしまう。…だから、帰りなさい」 「先生!私は!」 「あなたの言い分は分かるわ。でも、彼はあなたの物じゃないのよ。…それこそ、あの教授と一緒。…あなたの言い分は、あなたの気分で言ってるのであって、決して、隼人君の代弁ではない」 「何も知らないくせに!何を!」 「…あなたこそ、何を知っているの…」 いまだ反論しそうな燕を、智恵美が透き通る声色をぶつけ、睨みつける。 「九白先生、いいんです」不意に、鶫が口を挟んだ。 「奪おうとした事実は、変わりありません。もちろん、イスカを救う名目もありました…。でも、…私もまた、彼に紫嶋を重ねていました。…私もまた、 そう言い切って、鶫はそれから、燕の元へ、一歩、踏みだしてみせた。 「今ならば、言えます。私は隼人が好き。あなたの思いに負けないほど、好きです」 「…」 「恋をする事には、後も先もないでしょう?もし、そうならば、…あなたも負け組。隼人の心には、もう大切な人が居座っているのだから…それをあなたは知らなかったのですか?…」 「鶫、あなたは知っているというの…それを」 鶫の逆鱗に触れるような言い回しに、燕は震える声でもって問いただしてみせた。ただ、それに対して、鶫は首を横に振ってみせ、それから、哀れみの浮かぶ潤んだ表情でもって、燕の顔を見返した。 「けれど、隼人を見つめていれば、気づける事よ。それが出来ないようでは、あなたは負け組。そして、その存在を認めてしまってる私も負け組」 そこまで言って、押し黙り…、ただ、「でも…」と呟いて、傍らにイスカを引き寄せる鶫。 「負け組でも、未来は変えれると思う。燕、あなたは…そのままでいるつもり。…私達を罵って、腹いせを開放するだけで…隼人を見下して、自分がついてあげているなんて思いのぼせて、…全て、独りよがり…。あなたは…そのままでいるつもりなの…」 「…うるさい…黙れ、うるさい!黙れ!黙れ、黙れ!!…っ、黙れ!!!!」 「…燕さん、…」智恵美が、鶫に投げかけられた言葉でもって、泣きじゃくるように喚きだした燕の前にと立った。 「今日は、もう帰りなさい。お疲れ様…隼人君の事は、私に任せなさい…いいわね?」 「分かんない…もう、何がどうなってるの…おかしいよ…絶対におかしい…!!…私、おかしいと思うのよ!!全部、何もかも!!わかんないのよ!!」 聞き分けなく喚く燕に、鶫が近寄ろうとする。それをスッと手を差し出して、首を横に振ってみせる智恵美。 「燕さん、いろいろありすぎたのでしょう。いろいろな事が重なったのでしょう。…だから、日を改めて、いらっしゃい。」 「イヤ、私は隼人の傍にいる!!傍にいたいの!私を独りにしないで!!しないで!!置いてけぼりは嫌!!」 泣きじゃくり、智恵美に掴みかかる燕。…それをただ、あやす様に、やさしく彼女の頭をなでてみせる智恵美。 「誰も、あなたを見捨てないわ。誰も、よ。…鶫さんも、イスカさんも、私も…隼人君も」 その智恵美の呟きは、燕の耳に入ったのだろうか。ただただ、嗚咽にまみれるままに泣きはじめる燕。 そんな彼女の頭を抱えたまま、智恵美は鶫とイスカに視線を向け、困惑する二人に、小さくうなずいてみせる。そして、… 未だ泣く燕とそれをあやす智恵美を残し、鶫とイスカの二人は…隼人の病室へと、入っていったのだった。 |