=最終章・第三部=

再び訪れる朝焼けの日より来る日

 

 鶫が奥の部屋に消えてから、ギャ〜ギャ〜と騒ぐ声が聞こえだした頃、玄関のドアの開く音がリビングでお茶を楽しむイスカの耳に入ってきた。
「ただいま〜、琴璃。イスカさん。…っあら、お客様?」
 新しいカップを用意し、お茶を注ぐ準備を整えるイスカの耳に、玄関口からそんな独り言のような声が聞こえてきた。
「ただいま、戻りました」
 それから少しして、大きめな買い物袋を片手に吊るした雀の姿がリビングに現れると、準備を終えたイスカが「おかえりなさい」と、そう小さく答えて、ソファーに腰を下ろし、残っていたお茶に口をつける。
 それを目にしながら、雀が「…イスカさん、お一人?」と、辺りを見回してみせる。すると、奥の部屋からの「ぎゃ〜!!」という大声に、目を丸くし、…それから、その表情のままでイスカを見た。
 もちろん、イスカは飄々(ひょうひょう)としたもので、空になったカップに新しく紅茶を注ぎ…、それから、ほのかな苦笑を浮かべた表情を雀に返してみせるのだった。
「鶫さんですか…」
「琴璃に遊んでもらっているわ」
 クスっと笑てみせてから、キッチンに足を運ぶ雀に、イスカが言葉を繋げ、注ぎ終わっている紅茶に口をつける。
「鶫さんだと、あの子もゲームが楽しいんでしょうね。私や夫じゃ、仏頂面でやっちゃいますから」
「私も苦手…」
 冷蔵庫を開けて、買い物したものを入れながら話す雀へイスカがそう答えている間じゅう、ギャ〜ギャ〜わめく鶫の声が、次々にリビングに漏れてくる。
「お仕事は大丈夫なのかしら。こんなお昼に」
 少しばかり、近所の迷惑にならないかと眉を寄せつつも、雀がそんな疑問をイスカに投げかける。
「私はともかく、姉さんは…どうかしら」
「有給かしらね…、」
 詰め終わった冷蔵庫を閉め、軽く手元を払うしぐさをしながらイスカの前に腰を下ろす雀に、紅茶を勧めるイスカ。
「ありがとう、イスカさん」
「お礼を言うのは私のほう。いつも、ご飯や身の回りのこと、やってもらっているから…」
「イスカさんは、いまや売れっ子ですもの。出来る限りのご協力はさせていただくわ。鼻が高いですもの」
 差し出されたカップを手に取り、そして、唇を潤すように紅茶を口に含む雀。
 …口を離した後、カップの中の波紋が収まるまで紅茶面を見つめ、…
 …それから、思い出したように「そうですね…」と、言葉を紡ぎだした。
「今日が…起きた日でしたね」
「………隼人が起きた日…」
 雀の言葉にイスカも今気づいたように呟いた。
「お祝いというのでもないでしょうけど、…欠かさずきてくれますね」
「…なんとなく、忙しかったから…忘れてた」
「私も…忘れてました。…」
 少し気落ちするイスカに雀も首を横に振り、奥の部屋に視線を向ける。
「なんだか、悔しい…ですね」
 しんみりする二人の空間に、再び、「今度は負けへんぞ〜!!」と、鶫の声が響いてきた。
「…でも、姉さんの場合、サボリの口実かもしれない」
 イスカの先ほどから切れ目なく聞こえてくる鶫の声に対しての一言に、雀は「…言えてる…かもです」とだけ返しながら、紅茶が残っているカップを置いて…、それから、イスカの顔を見て、苦笑してみせた。
 そして、置いた時にできた紅茶の波紋が収まる頃、雀が奥の部屋に、再び、視線を向け、言葉を紡ぎだす。
「もう、数えで10年かしら…」
「そう、10年と少し…」
 彼女に習い、奥の部屋へと視線を向けていたイスカもその言葉に、呼応するように呟いてみせる。
「私も姉さんも…長かった。…ここまで来るの、大変だった」そして、イスカが思い返すように言葉を紡ぎだす。
「この体を重荷にしていくかも知れない人生、…そして、あの時、あの人達に使い捨てられるかもしれない事から…、救ってくれた二人…、まだ、恩返しをしきれていない…」
 そのイスカの言葉に、雀はゆっくりと首を横に振ってみせ、そして、優しさに満ちた笑顔でもって、「そんな事はありません」と、言った。
「私は、お二人に会うことができて、勇気をいただきました。そして、…お二人には横取りみたいな感じで少し悪いかもしれませんけれど、隼人さんの妻にと、させていただき…こうして、娘を持てるまでになりました。…お二人がいなければ、私も…今のようになれなかったかもしれません。…お二人には、大きな感謝をしています」

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