=最終章・第五部=

再び訪れる朝焼けの日より来る日

 

 マンションの正面玄関を先に出たイスカが手の平を上にかざし、降り注ぐ太陽の光を遮るしぐさをしてみせる。
 そんな彼女のしぐさに「なんや、穴倉生活でもしとったんかい」と、鶫が少しあきれた言葉を漏らし、苦笑を浮かべ、言葉を続けた。
「もう少し、健康的にせんと、ぶっ倒れるで」
 鶫の言葉を耳にしながらも、イスカは、…しばらく、降り注ぐ日光を楽しむように伸びをし…、それから、ゆっくりと振り返って、「そうね」と、自嘲を含ませるような微笑みを返してみせた。
「少し、製作が長引いたから…、ずっと篭ってたのは確かね。…たまには、日の光を浴びないとね」
「ちゃちゃ、わしと出るのは口実かいな」
「それと、たまには姉さんと二人っきりもいいかな…と、思って」
 短い会話のやり取りをしながら、イスカの元へ歩み寄る鶫…。そして、イスカが最後にそう言い終わると、隣に立っていた鶫の手を握ってみせる。
「…なんや、なんぞ下心でもありそうな言い分やな」
「…さあ、それはどうでしょう」
 イスカの少し馴れ馴れしげな行動にたいして、鶫は手を繋ぐ恥ずかしさと彼女への疑心感が混ぜ合わさったような表情を向けてみせる。それに、ただただ、彼女はクスクスと笑うだけの空々しい態度を見せてから、手を引いて歩き出したのだった。

 歩く事で生まれる優しい風の中、しばらくは引かれるように歩いていた鶫だったが、「イスカ、…」と呟いてから、少し足早にして、彼女の横に並んでみせる。
「どや、今の生活?楽しか?」
「…そうね、」
 名前を呼ばれたので、イスカも速度を落として並び、視線を鶫に向けると、彼女がそう質問をしてきたので、…少しだけ口ごもり、答えを思案しはじめる。
「何が楽しいのかが、分からない…という感じかな。忙しいけど…ね」
「そか、つまりは全部楽しいってこったな」
 そのたどたどしくも紡ぎでてくる言葉へ、鶫はにっこりと笑い、握る手も一緒に大げさに大きく振りはじめてみせる。
「よかよか、いいことやな〜」
「姉さん、ちょっと」
 そのあまりに大きく振りあがる手に、イスカはよろめきながら困惑の悲鳴を上げ、言葉を続けようとした時、腕の振りがおさまり、「…イスカ」と再び、鶫が彼女の名前を呼んだ。
「わしをおまんが、姉さんと呼んでくれるようになるなんて、思いもせんかった。こうやって、おまんと歩ける時が来るなんて、思いもせんかった」
 そこで言葉を切り、立ち止まり、…鶫は、そこに広がる青空を見上げる。
「あの頃、いつも最悪なことばかり考えてたわ。あの二人に見つかったら、…イスカがわしの事を分かったら、…はーちゃんに」…そこで口ごもり、…目から溢れそうになるものをこらえるように…空を眺めながら…鶫は言葉を続けてみせる。
「はーちゃんを…紫嶋の二の舞にしてしまうんやないか…嫌われてしまうんやないか…」
「…」
「そういう気持ちやったな…」
 そして、鶫は視線を下ろし、自分を見ていたイスカを見る。
「こうやってな、おれるの…夢のようや。最高やな」
 それにただ、イスカは言葉なく、…それでも、うれしそうな顔で、小さくうなずいてみせる。
「今日は、隼人の記念日だけやない。…わしらの記念日でもあるんや…」
「そうね、…姉さん」
「だから、盛大にやろうやないかい、なっ、盛大にパ〜っとな」
「姉さんもちでね」
 今まであったしんみりとした空間をぶち壊すような、鶫が突如弾けた態度、というよりもいつもな調子をみせたが、もう予想してましたと言わんばかりに、イスカは落ち着いた様子でそれをいなしてみせる。
 そのベストタイミングなツッコミにガックリと膝を折る鶫。それをイスカは含み笑いを浮かべて、「冗談よ」と、謝ってみせる。
「割り勘とか、当たり前やろが…。というか、おまんの方が、稼ぎいいやんか…」
「不定期よ。そんなに持っていないわ。ちゃんと割り勘でお願い」
 そう言って、イスカは面を上げ、…再び、手を空にかざし、さんさんと光を放つ太陽に被せてみせる。
 そんなイスカのしぐさを見て、…鶫も空を見上げる。
 陽の光をさえぎっても、指の隙間からこぼれ落ちる陽射しを見つめながら微笑みを浮かべ…、それから、「暑くなりそうね…」とだけ、イスカは…一言、呟いてみせたのだった。

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