=最終章・第六部=

再び訪れる朝焼けの日より来る日

 

 マンションを出て数分後、少し寂れた感のある街中を二人がぶらぶらと歩いていたが、「で、何買うん?」と、鶫がイスカに問いかけてきた。
「とりあえず、定番はケーキやないかな〜と思うんやけど…?そいとも、は〜ちゃんの好きなモンにする?」
「そうね…」
 軽く視線を交じあわせて、イスカがその答えを思案するように軽く口を閉じる。
 それから、苦笑にも見える微笑みを鶫に返してみせた。
「姉さんは、本当、お酒なんか買うつもりなんでしょ?」
「…、なんや…まあ、ほしいっちゃほしいけどな〜」
 一人で出てたら、たぶん、彼女が買ってくるだろうと思ってたものを、イスカが聞いてみた所、鼻の頭を掻いてみせながら、視線を彷徨わしだす鶫。
「…安いワインくらい、一本、つけない?」
「へ?」
 だから、イスカの口からは到底出てきそうにないその提案に、鶫は拍子抜けしたような声を漏らして、振り返ってしまう。
「もちろん、隼人の記念日でもあるけど、…私達の記念日で…、だから、一口くらいは付き合おう…かなって」
 イスカの提案に、少しだけ胸ときめかす思いを感じた鶫だったが、ふいっと顔を背けて、「わしはいいわ」と、言ってみせる。
「そらまあ、酒があったら、嬉しいがな…。けどな〜、酒飲んで、失態しとるからの〜、前に」
「前?…」その単語に…一瞬、足を止めるイスカ。…少し思案して、クスッと笑ってみせた。
「前って、ずいぶん…前の事?…あの旅館での事?姉さんでも、こたえてるんだ」
「旅館やのうて、民宿やけどな。まあ、あんなん見せたから、ちょっとこりとんのやで。一応、恋する乙女やからの〜」
「姉さんでも、そういう事は気にするのね。元より、隼人は結婚してるし」
 クスクス笑うイスカに、鶫は、甘いで〜と言わんばかりに、立てた人差し指を振りながら、にっと笑ってみせる。
「ちゃちゃ、アイドルとか見て、好きや〜っていうのと一緒やてな。わしの恋はの〜」
「隼人がアイドル…」その言葉に一瞬、笑うのをやめたイスカだったが、今度は苦笑を浮かべてみせる。
「じゃあ、たすきでも、作るのね。隼人親衛隊No.1とか」
「そうやそうや。…でもまあ、わしが二番で、一番が琴璃、三番がおまんやで。ちなみに、雀は婦人やから別格や」
「勝手に人を隊員にしない…」
 言い出したのは自分ではあるものの、その悪乗りに拍車をかける鶫に、イスカは少しだけムッとしてみせる。そんな彼女の表情へ、鶫は「へいへ〜い」と、少しだけ悪びれたような返事をしつつ、踵を返して、再び歩き出しはじめた。…イスカも、悪乗りした自分へ簡単な嘆息まじりの苦笑を漏らし、その後を歩き出す。

「ねえ、姉さん…」
「なんや?」
「お盆あたりに…いかない?」
「ん?」
「姉さんの両親に会いに…」
「…」

 イスカの言葉に…先を歩いていた鶫が足を止め、彼女が自分の横に来るのを待ち、それからまた歩き出す。
「もちろんや、…ちょうど良い機会やしな…。結局、はーちゃん、起きた後、ゴタゴタでいけへんかったしな。…あっ、運転は、は〜ちゃんやろ?ナビはしたるけど」
「…のんびりと汽車でもいいじゃない?琴璃も、喜ぶと思う…から」
「そうやな…」イスカの提案に、鶫は軽くうなずく。「汽車でノンビリもいいかもな………」
 そこまでいって、…鶫は自分の両親の事を思い出していたのか、苦笑いをイスカに見せた。
「なんや、わしの(とと)、琴璃を孫が来たみたいに可愛がりそうじゃの〜」
「…そうね」イスカもイスカで、民宿に着いた時に見せた鶫の父親の破天荒な喜び具合を思い出し、笑顔を返してしまう。
「…いいんじゃない?姉さんも、琴璃を見て、両親が喜んでくれたら、とっても嬉しいでしょ?」
「まあの…、琴璃は、…わしの宝物でもあるんやからな。まっ、はーちゃん達が嫉妬せえへん程度に、(とと)、止めんとな〜…じゃけど、邪魔すんな〜とか、泣きそうやな〜」
「そうなったら、私も協力するわ。姉さんみたいに、お酒で酔い潰せば、いいんだし」
「…なんで、おまんは、そういう事、ぶり返したがるんや〜。性悪になったの〜…」
「そう?…」
 鶫はイスカの言葉言葉に唇を尖らせたりもしていたが、彼女の微笑みに…口元を緩め、「しゃあないかな〜」と、笑い始める。
 イスカも、それに釣られるように…少しだけ声を出して、…笑ってみせた。

  ひとしきり経ち、…それから、鶫は立ち止まり、空を見上げる。
  イスカも…少しだけ歩いてから止まって…鶫を見て、微笑み…その視線の先を追いかけるように、
  彼女もまた、見上げた。

  真っ青な空に、太陽の光で白く輝きながら流れる雲とが、二人を見つめ返し、
  …少しけだるさも覚える夏の暑さを、二人へと、降り注がせ続けていた。

 「素敵な事、いっぱいしよう、姉さん」
 「もらった事、返せるよう、がんばるわ」

  そして、鶫は…イスカの手をとった。

 「とりあえず、今日は目先の幸せや、わしらのにっくき恋敵を太らすぞ〜」
 「じゃあ、せめて、雀さんの好きなマロンケーキに…ね」

  鶫の言葉に、イスカが再び、少しだけ悪乗りしてみせると、…鶫が笑う。
  それが嬉しくて、イスカも笑った。

   昼下がりの午後、…二人は笑い、街の中を歩く。
   今ある、幸せをかみしめるように…街の中を歩く。

    その二人を、太陽が優しく照らしていた。
     その二人を、見守るように太陽が優しく照らしていた。

       その日の終りが来るまで、

         いつまでも…
          いつまでも…
           いつまでも…

次に進む/読むのを終了する