=第五章・第八部= |
「やあやあ、我こそは!」 演劇用にと内幕が全体に張られた体育館に踏み入れた昭汰とラナの前に、前口上を語る壇上の男性の姿があった。 たぶん、明日の演劇のための練習であろう。 数名の体操服姿の生徒が壇上の前に体育座りで座り、壇上の上に立つ同じいでだちの生徒が、身振り手振り大きく、声高らかと謳い文句を語り、数名が後ろで本番で使う小道具と思われる木剣での乱撃を行っている。 流れ的に三国志でもモチーフにしたものではないか?という感じを昭汰は受けた。 「あの生徒達の後ろで見学でもいたしましょうか?」 「え、あ…でも、邪魔にならないかな…?」 遠めで見ても、かなり熱心に行うのが目に見てとれる。 それを自分のような部外者で気分を害させるのは、やはり、気が引けると言うもの。…だからこそ、昭汰は小さく怖気づいたが、「本番ではもっと他の方の視線があるんですもの、予行演習ですよ」と、ラナがその手を引いて、ズンズンと体育館にと入っていく。 「あら、ラナ?それに昭汰さん」 鑑賞をしている一人の女子生徒、兎萌が二人に気づいたのか、こちらに振り返り、声をかける。 「そちらの手品の練習はよろしいのですか?」 「しばらく、食堂の片づけがありますので、待っている間、マスターに見回っては?という提案がありました」 兎萌の言葉にラナがほがらかな笑みを浮かべ、そう答えると、彼女も、なるほど、と頷いた。 「それにしても、演劇の練習、凄いね…一般生徒ってイメージがつかないや…」 兎萌の横に二人分の隙間が空けられ、手招かれたので、少しばかり気負いつつ、ラナに続いて腰を下ろした昭汰は、小さく感想を漏らした。 「私達の学園には三年生一クラスだけ、芸能コースがあるのよ。そのクラスの子が主体になって、演劇を行ってるから、…まあ、以外に本格的かも…」 「へえ…」 兎萌の言葉に昭汰は生返事を返して見せると「それに…」と、兎萌は言葉を続けた。 「この文化祭の演劇には、毎年、数名の芸能スカウトも来るってのがあるらしいからね、自ずとその吟味材料にもなっているから…、自然と力も入るって事じゃない」 「凄い…。そんな学園なんだ…。さすが、大企業がバックにいるだけはあるね…」 昭汰は壇上で繰り広げられる殺陣を見つめながら、ため息が漏れる。 「でも、…そういう事で張り切る人は、劇の上に立てないの…」そんな昭汰の感嘆な言葉に、兎萌は小さく首を振り、言葉を続ける。 「この学園はね、人を蹴落としたり、我先にという自己主張だけをする人には、とても厳しいの…」 壇上を見つめて、それから、…もうしばらくの間、兎萌が言葉を紡ぎだす。 「協調を強要してるんじゃないの。足並みが揃わないのは人それぞれの分野があるから、合う訳も無いしね。でも、自分だけのために人がどうなっても良い、という人は、いらないのよ…」 「自分のために…?」 昭汰は、兎萌の最後の言葉を反芻する。 そして、もう一言、何か言いかけた昭汰だったが、劇の練習は、終ったのだろう。 「じゃあ、最終確認の感想と修正ポイント、聞かせてもらうから、見てた人集まって〜」という舞台袖から出てきた女子生徒の言葉に、自分とラナ以外の生徒が立ち上がる。 兎萌も例外ではなく、すっと立ち上がりながら、足を進め、「それじゃ、ラナ、昭汰さん、またね」と手を振りながら、壇にと走っていく。 「私達もそろそろ大丈夫な時間ですね。まいりましょうか」 小さく、スカートを払いつつ、見下ろすラナの言葉に、昭汰は「そうだね」と呟き、伸びをするように立ち上がる。 「人を蹴落として…まで…か」 集い、談笑にも近い笑い声の響く生徒達の声を聞き、昭汰は彼女の言葉をもう一度、反芻した後、小さく微笑み、「練習しましょうか」とラナに話しかけ、体育館を後にしたのだった。 |