深緑の森精 |
初夏の暑さを思わす日差しの中、清涼しさを含む風が舞い踊っていた。 その少年は小高い丘の上で一息つき、ふもとの村で調達した水を喉に流し込む。 そして、ゆっくりとその真紅の髪を掻き揚げると、風が悪戯に戯れ、笑うように彼の周りを駆け巡っていく。 それが少年の心を潤していった。 空と同じ蒼色の瞳は優しさをたたえ、流れる空と風の奏でる草木の歌に体を預けていた。 ……… ふと、少年は耳を澄ませる。 相変わらず…風達が楽しそうに舞い、草木の歌で彼に語りかけている。 その中に響く…かすかな異変… 不意に少年は傍らの道具袋を乱暴に担ぎ上げ、一気に丘を駆け下りた。 草木の歌は道を外れた少年の足にかき消され、風は悲鳴を上げて、彼の後ろへと飛び去っていく。 だが、少年は構わず駆け下り、その剣を手に取り、深い銀の輝きが彼の手の中で踊りでる。 そして、少年は道無き深緑の森へと飛び込んでいった。 深緑の中、闇にくすんだ別世界を少年は銀の閃きを走らせ、ガサッ…と不意に大きな広場に躍り出た。 緑の匂いが日光の匂いと混じり、彼の鼻腔をくすぐる。 その右手に少女が大木を背に座り込んでいる。 淡い深緑の輝きをたたえた瞳にただ、怯えを浮かべて…少年を見つめる。 走り続けていたせいであろう。その白い肌にきらびやかな汗を浮かべ、速い息遣いで…木を背に背負ってるにもかかわらず…後ずろうとしている。 瞬間、少年は少女に背を向け、寝かせた刃で頭を守るように剣を掲げた。 ギィーーーンという甲高い金属音が鳴り響き、木漏れ日の中、火花が舞った。 剣に当たったのは剣…それも赤錆と刃こぼれが見える薄汚いショートソード。 それを握るものも、…彼女を追いかけていたのだろう…異様に生臭い体臭を漂わせた薄汚い顔の男だった。 「ギイイ…」 男は憎らしげに少年を見、力任せに剣を押す。 荷重が加わり、一瞬少年の顔が苦渋に見せたが、少しだけ微笑し、力を揺るめ、男の脇をすり抜ける。 拮抗を失った力は男を無様によろめかせ、剣の半身が勢いよく地面に突き刺さる。 ひれ伏す男に少年はすっと、銀の剣先を首筋に当てた。 静寂… 「ぐくっ!!」 男はそんな声を上げ、転がるように森の中へ消えていった。 緊張は程なく途切れ、危険を感じなくなると少年はその剣を元あるべき鞘の中へと収め、ゆっくりと少女のほうに振り返る。 少女の表情には多少の怯えが残っているものの、少なからず安堵したのだろう。 強張った足から力が抜けたかのように…腰を落としていた。 「大丈夫ですか?どこか怪我はされてないでしょうか…」 スッと差し出された少年の手にオズオズと少女は触れ、優しく引き起こされる。 「はい、ありがとうございます…」しばらく、自分の身だしなみを確かめた後、少女は少年に話しかける。 「私はファエル、この先の村に住んでいるものです。あの…」 「……」少年はただ優しく微笑み、口ごもる少女に名を明かした。 「僕はアドル。アドル=クリスティン…いろいろと諸国を回っており、世界の不思議を探求するものです」 |