深緑の森精
=Forest Fairy=
第二部
[I look look look...]

 

樹木立ち並び、険しさの増す暗い森の道をアドルはファエルに誘われるまま、道なき道を歩く…。
ただ、ファエルが歩く先はさほど苦もなく、ただ楽でもなく…樹木の根に足を奪われることもしばしばあった。
それにファエルがケラケラと可笑しそうに笑うのにアドルは少なからず眉を曲げてしまったが、その無邪気な笑顔の前には頬を緩め、苦笑いを返すだけであった。
「ほら、もう少しだよ」
ファエルは前方を指差し、少し息が上がり、汗浮かぶアドルの顔を笑いながらに語る。
言われ、面を上げるアドルの眼前に、森の終わりを告げる…白乱の輝きが黒い木々のシルエットを浮かびあげる。
ファエルの顔は逆光でうかがえなかったが、アドルの顔を見てケラケラと笑っているのが分かった。
「早く行こう」
ファエルはアドルに背を向けて、走り出す。今までの森の道にも疲れた様子も無いらしく、変わらない足取りで樹木の根を跳ねるように避けて、光の中に消えた。
アドルはそれを見送り…一息つき、額の汗を袖で拭き、…ゆっくりと彼女の後を追った。

明順応に従い、森を抜ける頃、視力は回復していき、その光景がアドルの目に映る。
静かな村である。
井戸で水をくみ上げる女性。踏みしめられて裸になった土の上を駆け巡る子供。軒先でのんびりとしている老人。猟にでも出かけるのか、弓を携えた青年。そして、生活臭あふれる煙の昇る家々。
どこにでもある…小さな村である。
ただ、アドルは少なからず、驚きを隠せない。丘から歩いて、感覚で半刻程…。
決して高くはない丘ではあったが、歩く距離を考えてもあそこから望めないほど…小さな村ではない。

…小さな…村ではない…人と家の数…

「ファエル!!」
「母さん!!」
呆然と村を見つめるアドルだったが、ファエルともう一人の女性の声で思考を止めて、声の方を見る。
ファエルが村人の一人の女性…ファエルの言う「母親」…に抱きつき、強く抱きしめられている。
「もうこの子は…あれほど村を一人で出るなといったのに…」
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
元々少数ではあるが、それでも孤状に囲まれる中、ファエルの背に合わせて屈んだ母親が聞かん坊を諭すように柔らかい口調で話し始めると、ファエルはその翠の瞳に涙を溜めて、しきりに謝っている。
アドルはその光景に少なからず安堵を覚え、再びファエルの元へと歩を進める。
「アドルっていう人なの。私、あの人に助けてもらったの」
アドルの存在に怪訝に見る村人達にファエルは声高に言って、彼を村人達に紹介する。
「まぁ、それは…娘が大変お世話に…どうもありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでですよ」アドルは、立ち上がり面を下げる母親に軽く右手を出して、にっこりとした。
「無事、ファエルさんも村にお届けできたので、私はこれで」

… … …

「もういっちゃうの?アドル」村を後にしようとするアドルをファエルが呼び止めた。
「もう暗くなっちゃうよ。森の中で迷っちゃうよ…泊まっていってよ」
アドルはファエルの言葉に振り返り、「そんなこと…」とだけ答え、後の言葉を失った。

空が紅く色づき…、夕闇にと変わりかけている。

丘にたどり着いたのはまだ朝日が昇り、ようやく暖かさをおぼえだす日中だった。
森の中を半刻だけしか歩いていないと考えていた彼には驚愕であり、「まさか…」とだけ、言わせた。
もしくは、闇夜の暗さにも似た森を歩いたことが、時間の感覚を狂わせていた…か。
けれど、アドルは未だ信じられず、握っていた道具袋の紐を持つ手が緩み、ドサッと音を立てて、彼の足へ寄りかかる。
「どうしたの?」
彼女の…ファエルの…不思議そうな声にアドルは、ようやく現実に戻るが、引きつった顔はしばらく戻りそうに無い気分だった。
「いっぱい、御もてなししちゃうから、それとアドルの冒険のお話とか聞きたいよ〜〜〜」
ファエルがアドルの周りをピョンピョンと駆け回り、軽く下を向くアドルを仰ぎ見る。
それにアドルはゆっくりと「あぁ、…そうだね…」と答える。
「じゃぁ、早く帰ろう♪」
ファエルはアドルの返事に気を良くして、左手で落ちた荷物の紐を取り、右手で彼の腕を掴むと、引きずるように歩きだす。
村人はその光景をニコニコと見送った。

アドルは違和感に混乱していた。根拠の見つからない問答に…
ただ、それも気の迷い、思い過ごしと思い、気を持ち直した頃…

アドルはファエルの家へとたどりついていた。

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