深緑の森精 |
ファエルの家のもてなしは決して華やかなものではなかったが…家庭の温かみがあり、アドルはゆっくりとした休息を向かえることができた。 出された食事も何かの実のスープとウサギ肉、大麦パンと質素なものであったが、その実はとても不思議な食感のある珍味であった。 ファエルの両親が言うには、この森で取れる植物のためだというが、アドルの「美味しいですよ」という言葉に安堵と嬉しさを交えた笑みを見せてくれる。 厳かに食事が終わるやいなや、ファエルがアドルに飛びつくように駆け寄った。キラキラとその瞳を輝かせて… 「この村に来客者は久しぶりですから…」 アドルはファエルの瞳に眩しさを感じながら、父親の少々申し訳なさの感じる言葉に苦笑を見せてから、ファエルに向き直る。 「さて、どんなお話からしてあげようか」 そんなアドルの前振りにファエルはいっそう瞳を輝かせて…彼を食い入るように見つめ続けている。 アドルは今までの冒険をゆっくりと語った。 エステリア、セルセタ…イース… 多くの魔物と戦いながら、多くの人々との出会いと助けを受けた日々、仲間…そして ファエルはその言葉を一文字たりとも逃さないようにアドルを見つめ、話々に表情をコロコロと変えて、彼の顔を見つめ続けていた。 「ファエル、いい加減になさい…」 ファエルにとって、あまりに意外な言葉だったのだろう。そんな母親の言葉に眉を上げて、抗議の目を向ける。 「アドルさんは長旅で疲れているのよ…もうそろそろお休みさせてあげなさい」 「私、もっとアドルの話を聞きた〜い…」 ファエルは尚も駄々をこね、話すもんかとアドルの腕に抱きつくのに、アドルも母親も苦笑が漏れてしまった。 「ファエル、分かったよ…じゃぁ、続きは部屋で続けよう…それならいいだろう」 「本当!!」 ファエルはそんなアドルの言葉に瞳を輝かせる。アドルは優しく微笑み、うなずいてみせる。 「やったーーー♪」さらに一層、その瞳に輝きを増したファエルはピョンピョンと跳ねまわる。 「じゃぁ、アドルも早く行こうよ」 「ファエル、あなたは寝る準備をしてからになさい。アドルさんも整理されたい荷物もあるでしょう」 早く早くと手を引くファエルに母親は軽く手の平で頭を叩き、アドルから引き剥がすと廊下へと押しやった。 「分かったわよ、母さん…じゃぁ、早く来てよ」 ファエルは最後まで母親に抵抗したが、アドルの「分かっているよ」という言葉に納得し、足早に駆け出ていった…。 「申し訳ないですね」しばらくの静寂にアドルが溜め息を吐くのに、母親は申し訳なさそうに頭を下げた。 「こんな村ですから…アドルさんのようにお若い方が尋ねられることも少ないので…ファエルも物珍しいのでしょうから」 「いいえ、お気になさらずに」アドルはそんあ母親の言葉に首を横に振る。 「…あの頃の世代が元気なのが一番ですよ…それでお部屋はどこを使えばいいのでしょうか?」 アドルは母親の気遣いに感謝の表情を見せて、席を立った。 母親に案内された二階の部屋の前で蝋燭を借り受けて、部屋に入ると…既にファエルの姿があり、ベッドの上に陣取り、にっこっりとアドルに微笑みかける。まだまだ休息は取れそうにない。 アドルは溜め息を吐いた…。 「長い夜になりそうだ」 それから、しばらく(アドルにとっては長い間)して、ファエルは聞き疲れからか、トロンとした表情を見せ、しばしば目を擦る仕草を見せ始める。 アドルの「大丈夫?」という言葉にウンウンとうなずいていたが…それが船漕ぎに変わるのはさほどかからなかった。 「ファエル?」 アドルの話の半ば、気づくとファエルはスースー寝息を立てて、寝入っていた。 その光景にアドルは頬を緩め、一息つく。 「さて」と、彼は辺りを見回した。辺りは静まり返り、天窓から降り注ぐ月光がベッドの上で眠るファエルを照らし出している。彼女の両親も寝に入ったのだろう。部屋の外も静寂に包まれていた。 ファエルの部屋が分からない…。その事に彼は少し、眉をひそめて、部屋の中をかえりみて、仕方ないと溜め息を吐き、道具袋からマントを取り出し、包まった。 雨風や魔物を凌げるだけありがたいと考えながら…彼もまた、眠りについた。 空に浮かぶ月光はそんな二人の姿を優しく照らし…静寂を見守っていた。 |