深緑の森精
=Forest Fairy=
第七部
[I fight fight fight...]

 

大空洞のこの生臭さえ感じそうな脈打つ木の体内の中をアドルとドギは空を飛び、先を行くファエルを追う形で駆けていた。
そんな中、アドルはファエルの言った言葉を心の中で反芻した。
 
ファエルのその好奇心に取り付き、ファエルを餌に次々と冒険者を襲い、養分にしていくもの。
ファエルはそれを[ドゥエル]と呼ぶ。ファエルはそれをアドルに倒してほしいと望み、自分はそれで解放されたいと望んでいる。
 
「ファエル」アドルは先行する彼女の名を呼び、叫んだ。
「君はそれでいいのか!!」
「アドル、お前何言ってんだ!!」ドギはアドルの言葉に口を挟む。
「そうしないと、冒険者達もオチオチと旅もできなくなるんだぜ!!何より、取り込まれた俺達が出るためには、そいつを倒す以外にないのは、ファエル自身が言ってることじゃねぇか!!」
「分かってる、だけど!!」アドルは(かぶり)を振り、ドギを見る。
「だけど、その取り付いているドウェルは、既にファエルに寄生して長いんだ!!」
アドルは前を向き、ファエルの後姿を見ながら、叫び続ける。
「ドゥエルは[ファエル]を作り出している。何人もの[ファエル]を生み出せるということは、ドゥエルが既にファエルの全てを奪っているんじゃないのか!!その状態でドゥエルを倒せば…」
アドルの叫びは次第に静まり、…最後には途切れた。
「なるほど…そういうことになるかもな」ドギは至って、冷静にそれを受け止める。
「確かにそうだな…お前の言いたいことは分かるさ……ったく、甘ちゃんだぜ…」
少しばかり毒づいてから、ドギはただ一言「そいつが…お前の良い所なんだがな」と呟いた。
 
「心配してくれてありがとう、アドル…」
 
ファエルは顔の向きを変え、二人を見た。
「分かってる。私が消えてしまうかもしれないことは…」ファエルは表情に影を落とす。
「私は、私の体で人が死んでいくのをしょうがないって思ってた…だって、私は独りぼっちでなくなったから…そして、ドゥエルが消えたら、私も消えて一人になる…その方が怖かった」
それにドギが「確かに寂しいわな…一人ってのは…」と、ボソッと呟くのにファエルは小さくうなずく。
 
でも、それはいけないことよね…私だけじゃないんだもの…
一人になることが寂しくなるのは私だけじゃない。
私が生きるために吸収した人達にも…アドルの話した人たちのように待っている人がいるんでしょう?
その人達を一人ぼっちにさせて、私が生きてていいの?…
 
それは、アドルとドギの心に響くものだった…。
「まぁ、生きるためだったならな…」ドギはファエルに言った。
「だが、お前の場合は違うな…お前のは人を吸収して生きながらえていたわけじゃねぇ…悪ぃのは、そのドゥエルって奴さ…」ドギの話をアドルは無言で聞いていた。
「気分最悪だぜ…見た目にも可愛らしいガキんちょを捕まえて、利用する輩ってのは…さっさとツラおがんで、ぶっちめてやりてぇぜ!!」
「だから、私を殺して…もう作りたくないから…私は大丈夫だもん。私は元々、一人ぼっちだったんだもの…だから、一人ぼっちは寂しくないよ」
「…………」
アドルはその二人の言葉を胸に収め、唇を噛む。
 
『ファエルよ、私を裏切るのか…』
その声はどこからともなく響いてきた…。その声は出所を感じず、躍動する木々の細胞が震えて出されたようであった。
「ドゥエル!!」
『ファエル、お前は死ぬこともいとわないのか…』
「私は私。もう、あなたに負けない!!私はあなたを…私を消してやる!!」
『そうか、それは悲しい判断だな…』
その声を最後に凄まじい躍動が始まり、その躍動が収まった頃…
「くっ!!、…へっ、ゴチャゴチャとまぁ…」と、毒づくドギは背中にあったグレートアックスを手に取る。
「どうしても、僕達を生かさないつもりなんだね…」アドルも少し悲しげに呟き、鞘から銀色の輝きを放つ剣を抜く。
脈動を終えた空間には…多くの木人の姿があった…。
 
 
人というものはなんなのであろうか…
私が人とあった事で覚えた思いはそんなものだった
だから私は、彼らに接してきた。
つらいこと、楽しいこと、怖いこと、面白いこと、嫌なこと、良かったこと…
そして
好きな人のこと
それがどんな人でもそうだった。悪い人も…良い人も…
あの人達は誰かのために孤独だけど、冒険を体験して、その誰かのために帰途についていた。
一人ぼっちだけど、一人ぼっちでない彼ら。そんな彼らを…私は…私は…
 
 
「たくっ!!きりがないぜ!!いい加減にしろよなあ!!おい!!」
ドギは凄まじい悪態を吐いて、木人達を一薙ぎで掻っ捌いていく。少々、アドルもドギの気持ちが分からないでもなかった。
走り抜ける通りには次々と木人の姿が浮かび上がり、三人に群がってくる。
宙に浮くファエルには、何とかその攻防をかわせても地を走る二人はやはり、障害以外何物ではなかった。
「ファエル!!まだ、先なのか!!」
アドルはまた一つの木人を薙ぎ払い、ファエルに問うた。
「もうすぐです!!この道を…あぁ!!」「どうした!!」
ファエルの絶叫にドギは答え、その言葉を理解した。
目の前の通路に壁がずり上がり、行く手をさえぎろうとする。
「他に道は!!」「馬鹿、そんなのを探してたら、全部閉じられちまうだろうが!!」
アドルの詰問にドギは一蹴する。
「じゃぁ、どうするんだ」
アドルはまた一つ薙ぎ払い、叫んだ。
「…俺自身でクソ野郎を刈ってやりたかったぜ。…」
ドギは軽く思案すると軽く舌打ち、グレートアックスを構えた。
「ドギ!!」「アドル、俺の後を追ってこい!!」
ドギがアドルの声を掻き消す大きな一声を上げると、アックスをぶん投げ、見届ける間もなく、木人を蹴散らすように走り出した。
アックスの軌跡は直線を描き、迫上がる壁と横壁に深々と刺しこまれ、楔の役を担い、壁が止まった。
「ドギ!!」「アドル!!」
先行していたドギが壁を背に両の手を組むと腰を落とし、「こい!!」と一声上げた。
その行動を察したアドルは、素早く鞘に剣を戻し、ドギの元に駆け出す。
「帰りの一風呂浴びる薪は作っておいてやる!!俺の分まで暴れてきな!!」
ニヤッと笑い、ドギは腰を踏ん張る。アドルの右足が大きく上がり、ドギの手を踏みしめた瞬間、
「うおりゃああああああ!!」
ドギツイ怒声と共にアドルの体が舞い、…壁の向こうに消える。
それと同時にアックスは壁の圧力に負け、ガキィンという音を弾かせた。
刃が割れた状態で地に落ちていき、壁が最上段に上がりきる鈍い音が道に響き渡る。
その光景を見ながら、ドギは薄く笑い、現実に目を向ける。
目の前の木人の群れに…
「たく、刈ったはいいけど、燃えませんでした…てのは無しだぜ、お前ら」
背の腰に挿していた残り二本のハンドアックスを両手に構え、怒声を上げる。
 
「さぁ、最初に薪にされて火にくべられたい奴からきやがれ!!雑木野郎ドモ!!!!」

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