深緑の森精 |
アドルの飛び込んだ空間は…開けた所であった。 だだっ広く、何かの胞子でも流れているのだろうか…白く煙るものが部屋全体をぼんやりとした空間にしていた。 息を潜め、身構えるアドルの横にファエルが降り立った。 「ファエル」 「気をつけてください、[私]がいます」 ファエルの警戒の言葉に神経をさらに高めた。 『そう警戒する必要もないんだよ…二人とも』 その言葉は部屋を包む空間が発している…先ほどと同じ雰囲気のものを感じた。 「ドゥエルか…」 しばらくして、アドルの声が再び静まり返ったこの空洞の中で響き渡る。 瞬間、空間の微粒子が逆巻き、上部に消えていく。透き通るような暗い空間が広がり…そいつはいた。 木の幹に張り付いた木彫…といっても誤解のような成熟した女性像が埋め込まれていた。 その額に輝くのは、黒き光を放つ…「黒真珠…!?」 『どうだ、取引をしないか?』アドルの呟きをさえぎるようにドゥエルが口を挟んだ。 『私はお前達を外界に送り届けてやろう…これ以上、私の世界を壊されてしまっては、困るのでな…』 「何!?」アドルの眉が少し跳ねる。 『もちろん、ファエルも同行させよう…私もそのファエルだけは扱いかねない存在だった』 「ドゥエル、本当なの」ファエルはつい言葉を挟みいれる。 『本当さ、ファエル、お前が望みさえすれば、私はお前を手放そう。もう私はここまで成長したのだ…お前は必要がない』 「…」その言葉にファエルの心が揺れ動くのをアドル自身、痛いほど分かった。 呪縛から開放されるのだ…それは彼女がなによりも望んだことだから… 『悩む必要もあるまい…ファエル、お前は自由になるのだ…ふふふふ』 ドゥエルは凍りついた表情に笑みを浮かべたいのか、…黒真珠の中に怪しい光を灯した。 「ファエル…」アドルは無言のファエルに問うた。 …ファエルの沈黙は長く続いた。そして、その沈黙を破ったのは、 「駄目ぇ!!!」 ファエルの絶叫が響き、アドルの背後に走り出した。 アドルがその方向に向いた時、ファエルは 幾人もの[ファエル]持つ短刀に…胸元を貫かれていたファエルの姿。 『ちぃ、!!ぬかったな!![ファエル]共が!!』「ファエル!!」 「来ちゃ駄目!!アドル!!」 ドゥエルの言葉と駆け寄ろうとするアドルの言葉を遮るようにファエルが言い放つ。 「いって、ここは私が食い止める…から」 「ファエル…」 いまだ踏みとどまるアドルの姿にファエルはただ、震える唇で語りだした。 「分かってた、ドゥエルは嘘をついているって…分かってた…」 「ファエル」 「そうやって、私を騙して…私を奪ったんだもの…」 「ファエル!!」 「だから、いって。私が[私]を抑えている間に、私を…私を殺してぇ!!アドルゥ!!」 ファエルの振り絞る声がアドルの胸をえぐり抜く。…一瞬、その言葉に唇を噛み締め、踵を返す。 「ドゥエーーーールーーーーー!!」 鞘から抜かれた剣と盾を手にアドルはドゥエルに向け、猛然と突っ込む。 『人間風情が!!』ドゥエルがその光景をあざ笑うように黒真珠を発光させ、紫に燃え上がる炎を作り上げる。 『死ねぇ!!!!』 ドゥンッ!!と爆音を上げ、肥大化した火の玉がアドルめがけて、飛んでくる。 「オオオオオオオオォォォォォッ!!」 火の玉が当たる瞬間、アドルは地に引きずるように垂れた剣を逆袈裟に体の回転を加え、跳ね上がるように切り上げる。 火の玉は真っ二つに割れ、後方で大きく爆ぜた。 『まさか、その剣は!!』 「ドゥエル!!」 アドルの体はいまだ宙にあり、一回転した体から放たれた銀の輝きが…黒真珠を一閃した。 『クレリア・ソード…』ドウェルの呟きにアドルは面を上げる。 『そうか、分身である我に…主たる[ダーム]の力が通わぬなったのは…貴様か…』 「女神の光を抱いて消えろ…黒真珠」 アドルは床に転がる真っ二つになった黒真珠を剣の柄頭で砕き散った瞬間、辺りを真っ白い光が包み、… まばゆい光に目を覆うアドルの耳に… 「ありがとう…」という澄んだファエルの声が響いた…。 |